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#7.ワイシャツ

色素の薄い空を縁取った窓と向かい合わせに座り、半分閉まったカーテンもそのままで炬燵に足を突っ込む。
「じゃあ、行ってくるねー」
「いってらっしゃーい、気をつけてねー」
朝8時には誰もいなくなる正方形の空間で、私はひとり息をする。

立派なオアシス、私がこの空間の主になった途端に、太文字のカレンダーも針をコツコツ動かす時計も意味を無くして溶けていく。代わりに意味を成すのは、壁の柱に連ねて掛けてある5枚のワイシャツである。父のアイロン掛けしたワイシャツが、平日一日1枚、規則正しく減っていくので、日付は割とどうでもいいが曜日ぐらいは把握しておきたい私に丁度よい装置として機能している。

正方形の空間で成り立つイコールの関係。
ワイシャツ4枚(空きのハンガー1つ)=月曜日
ワイシャツ3枚(空きのハンガー2つ)=火曜日
ワイシャツ2枚(空きのハンガー3つ)=水曜日
ワイシャツ1枚(空きのハンガー4つ)=木曜日
ワイシャツ0枚(空きのハンガー5つ)=金曜日

「あれ、今日って何曜日だっけ」を一瞬で解決してくれる優れもの、平日限定の方程式である。
その揺るぎない規則性に甘えるのは楽で、私がなにをしてなにを感じても、目の端で堂々と日々を刻む姿勢を崩さない。現実を映すカレンダーや針を鳴らして急かしてくる時計を溶かして逃げている今ですら、私を叱ることもなければ励ますこともなく、重力を受けて縦に波打っているだけ、とても無機質らしい。

「今日、ちょっと午後から雨降るって言ってるんだけど」
「あー、なんか向こうの空暗いもんね」
「もし降ってきたら、洗濯物」
「おっけー、入れとくよ。いってらっしゃい」
一昨日、昨日、今日、明日、明後日。
月の満ち欠けにも似た自然さで、単調な時間の経過に動きをくれるポリエステルと綿の混合体は、変わらず正方形のなかで静かにぶら下がっている。

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