運命の人
「◯◯ってだぁれ?」
妻に起こされた。それは死の宣告にも似ていた。◯◯に入るのは先日の「A」のフルネーム。妻が知るわけもない「A」のフルネームを口走っている。
こんな文章を書いていたから寝言で呻いたのか。それともこんな文章を書いたが故に「A」に見つかって妻にコンタクトが取られたか。はたまた手紙でも届いたか。知るはずのない名前を口に出す妻に冷や汗をかく。朝っぱらから嫌な汗だ。
妻は俺の名前と「A」の名前が書いてある紙を持っていた。大きく2人の名前が書いてある真中には丸がある。
「これなぁに?」
なんだ?これは?俺自身も思い出すのに時間がかかった。そしてようやく思い出した。何年も前に占いでもらったやつだ。
当時、俺は戸建営業をしていた。そこでピンポンと押して出てきたおばちゃんが今回の原因だ。おばちゃんは「あなたが予約の人?」と言う。「いえ、予約ではなくてこうこうこうで〜」などと営業に入ろうとするもおばちゃんがそれを遮る。「あら、あなたじゃなかったのね。でもせっかく会ったのも何かの縁だから占ってあげるわよ」。ぼうぼうに生い茂った植木を通り抜け、玄関に通されると水晶が置いてあるのが目に入った。いや、見るからに怪しい。営業に行ってご飯食べさせてもらうことならたまにあっても、占ってもらうことなどない。ミイラ取りがミイラになる、じゃないがこれはこれで何かの営業をされているのではないかという懸念もあった。パワーストーンってプロレスの技名みたいだよなと考えながらおばちゃんの話に耳を傾ける。
曰く、おばちゃんは愛の伝導士だと。Yahooでもなんたらって検索ワードで調べればトップに出てくると言っていた。で、占いを請け負っているそうなのだが、愛の伝導士だけあって運命の人を占ってくれるらしい。占い方はとても簡単。自分の名前と占いたい相手の名前を大きく紙に書く。その上で伝導士のおばちゃんがえんぴつを持ちながらダウジングのようにゆらゆらさせる。最終的にその2人が運命の人だったら◯を、そうでなかったら×を書く。ただそれだけ。何かを唱えるわけでもカードを引くわけでもなくおばちゃんの1人こっくりさんみたいなので判定されるらしい。
魂ってのはあの世では一対で一つだそうで、この世に生まれる時に分かれてしまうと伝導士は言う。つまるところその対が運命の人なわけだが、世の中にはその対とは違う人と結婚してしまう人が多い。そうするとそれぞれの魂が凸凹のように嵌らず、魂が溢れてきてしまうらしい。それによって現世のパワーバランスがおかしくなってしまっているのでその対となる相手を見つけて、現世を正常化させるのを助けているそうだ。なんかBLEACHみたいな話だ。
そんなこんなで俺は「A」の名前を書き、占ってもらったところ拍子抜けするほど呆気なくまるっとつけられて「運命の人だわ」というお墨付きをもらった。「あー、どうもありがとうございます」と退散しようとすると「その紙は魂が符号する時に目印になる紙だからね。捨てないで取っておきなさいね」とのこと。いや、ただのA4の紙やんと思いつつ、仲間内でネタにするのに取っておいた。
で、それが発掘された。子供がなんでも出したいブームで、手の届く範囲のものは全て手に取り舐めたり運んだりくしゃくしゃにしたりしている。その一環でファイルの中から発掘されたのがその紙だった。もう8年くらい前の話で妻とも出会う前の話だ。これだけ詳しく覚えてることが奇跡なくらいの小話なのだが、これを正直に語るとまぁ怒られるわね。「何だろうね、その紙」くらいのテンションで話せりゃ良かったが、起き抜けに質問されたら正直にすらすら語ってしまうわよね。別にやましいところは何もないのだが、朝からえらく怒られた先日の休日。「A」かおばちゃんの呪いか。「pretender」を口ずさみながらシュレッダーしたわ。
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