トイレのハナコサン
みんなが知ってる怖い話。
その話ってどこから来たのか考えたことある?
誰かがそう訊ねた。
それが誰だったのかはわからない。けれど確かにそう誰かが言ったのだ。
ーー誰かが……。
「ねぇ思うんだけどさどこの小学校にも"トイレの花子さん"っているじゃん。おかしくない?」
「なんでー?」
「うちの学校以外にも花子さんが居るってことは、花子さんはひとりじゃないって事でしょ?」
「どこの花子さんも決まった呼び方があるじゃん。それで花子さんに会ったって子がたくさんいる」
うんうんと頷く少女が二人。
話を続ける。
「藍南知ってる。
二年生の教室の前のトイレで右から三番目の個室のドアを三回叩いて呼ぶんだよ。でもなんでうちの学校は二年生の教室の前のトイレなんだろう?」
ふとした疑問の答えは誰も答えられない。
「でも個室閉まってないと呼べないよね」
「昔は全部閉まった状態の個室が多かったらしいよ」
「閉扉っていうんだよね」
よく知ってるねーと互いに褒め合う。
怖いものを見たら普通怖くて何も言えなくなりそうなものなのに、それが広まるのだから不思議だ。ただ、それらが事実と言えるのかは別ではあるのだが。
話の途中冴華が藍南の腕を微かに引っ張る。
「でも怖いよね。そろそろこんな話やめようよ……」
「なんで同じ呼び方で色んな学校に居るのかは謎だよね」
「お母さんが子供の時もいたんだってー」
「そう考えるとやっぱり怖いね」
「冴華は怖がりだねー」
お姉さんな顔で笑う藍南。
ザザザッというノイズが聞こえたと思うもつかの間。ものすごく大きな音でチャイムが鳴り響いた。
「「!!」」
思わず声が上がる。
「びっびっくりしたー」
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね。冴華も……あれ?」
「ど、どうしたの?」
藍南が不思議な声を上げる。
「冴華いない! どうしよう」
取り乱す藍南に紗夏が疑問を投げかける。
「サエカって誰……」
「え……一緒に花子さんの話してた」
「……」
「か、帰ろう! 藍南!」
「う、うんっ!」
バタバタと足音も多く足早に教室へ戻り身支度をして学校を出るのだった。
ーー放課後。
「本当にやるの?」
「だって、みわかちゃんのお姉ちゃんの学校でも出たって。絶対噂があるんだからうちの学校にも出るよ」
「ほ、本当に花子さん出たらどうするの? 行方不明になっちゃうかもしれないんだよ」
慌てふためく紗夏。
「藍南は花子さんと少しでいいからお話したいなと思って。だって、花子さんはいつもトイレでひとりなんだよ? そんなのつまらないじゃん。
少しだけでも藍南たちとお話しできたら楽しいかなって思って」
……コンッコンッコン
「はーなこさん」
「……」
「何も起こらないね?」
「呼び方間違えたかな?」
もっかいやってみる? と目配せをする藍南に苦笑いを浮かべる紗夏。
もう一度やってみようと腕を曲げ握りこぶしを作ると。
「なにしてるの?」
「うひゃあああっ」
「きゃああああっ!!」
振り返るとそこには気まずそうな表情を貼り付けた冴華が立っていた。
「なぁんだ、冴華か。おどかさないでよ」
「驚かしたならごめん……」
再度なにしているのかと訊ねる彼女に、藍南は事を話した。すると冴華は自然な感じで疑問を口にする。
「どこの小学校にも花子さんがいるのおかしいんじゃないか」と。
確かにどこの小学校でも囁かれる学校の怪談だけれど、同時に見たと言う人はいないのだから。
複数人説もひとり説も正直曖昧なところ。でも、同時期に花子さんを見たという噂は聞いた事がない。
「あーあ、もう少し話したかったな。チャイムには驚いちゃったけど、また藍南ちゃん一緒にお話ししてくれるかな?」
チャイムの後、藍南達とはぐれ姿を消した冴華が寂しそうに呟いた。
視界は真っ暗に近くどこかよく分からない場所。
微か端の方が白っぽく明るいように見える。そんな場所で、彼女はただ寂しそうに空を仰いだ。
そこには真っ黒な空間があるだけ……。吸い込まれてしまいそうな、自分を見失いそうなほど真っ暗。
「怖い話はね。体験者も一部は広めるんだけど。
人間の"怖い"という感情や思い込みと……、
ーー本人が広めてるんだよ」
学校の怪談で有名な『トイレの花子さん』は、複数人存在している訳ではない。
全て一人の思念がつくり出しているということにしておこう。
だって全ての小学校に存在する花子さんが、同じような容姿をしているのだって不思議だと思わない?
複数人いるのなら少しくらい容姿が違う噂だってあった方が普通なのだから。
「私だって人は選びたいし暇じゃないもの。
私と遊んでくれる人は歓迎。
でも面白半分でやってくる子たちはずぅーっと私のお友達。寂しくないようにずっとずぅっと傍に居てもらうの。楽しくなくても誰かが傍に居てくれるって事実が寂しさを忘れさせてくれるの」
冴華⇔華冴
サエカ⇔はなこ