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P&Gのウィスパー撤退。敗北か、はたまた、したたかな戦略か

比較的数の少ない女性経営コンサルタントという特徴を生かして、本日は、女性×経営知識の組み合わせならではの視点で記事をお届けします。

注目したのは生理用ナプキン市場。頻繁にGMSやDSを見回ってアンテナを張っていても、見落としがちなこの女性専用市場が、今、激変しているのをご存じでしょうか。

ひっそりと消えたかつてのトップブランド

日本経済が絶頂にあった1986年、日本の生理用品市場に「ウィスパー」という黒船が襲来します。米国発祥の世界最大の一般消費財メーカーP&Gがプロデュースする「ウィスパー」は、高い吸収力や漏れにくさなどの機能面で競合と差別化し、社会進出の進む女性達のニーズをつかんで、後発ブランドの高価格品でありながら2年で国内市場シェアトップブランドに躍り出ます。

ユーザー視点に寄り添った製品提案をしてくれたウィスパーに日本中の女性が感動してから32年後、2018年3月に、かつてのトップブランドウィスパーは、長年の愛用者に惜しまれながら、ひっそりと棚から姿を消しました。P&Gは、世界で展開するWhisperブランドの、日本の生理用ナプキン市場からの撤退を決めたのです。

30年の間に、何があったのでしょうか?

危機の予感と第1の変化

ウィスパー襲来後、国内勢も猛烈に追い上げ、吸収スピードや漏れにくさといった当初の機能性基準に加えて、肌へのやさしさや無臭化など、各社が独自の特徴を訴求して新商品開発に注力し、消費者にはありがたく、企業には厳しい乱戦状態に入ります。
同時に、1995年にピークアウトした生産年齢人口はやがて減少に転じ、市場は緩やかな下降圧力にさらされます。そんな中で現れた変化が、「おりものシート」という新カテゴリの商品拡大です。
生理用ナプキンを生産している限り、基本的に思春期~閉経前の女性人口が需要上限となりますが、用途を拡大すれば、まだ市場のパイを広げる余地はあります。生理期以外の不快感を解消するためのおりものシートは、減少する需要を補うための、生き残りのGood ideaでした。やがて各社の目論見通り、おりものシートの利用は日本の女性の間に定着し、生理用品の棚には、生理用ナプキンと同じくらい、様々な種類のおりものシート製品が並ぶようになったのです。

市場の衰退と第2の変化

さて、では現在の生理用品コーナーはどうなっているか?というと、もはや吸水ケア製品(軽失禁/尿漏れパッド)に置き換わっているに等しい状況です。人生100年時代が到来してアクティブシニアが増加し続ける中、これまでの生理用品コーナーを超える勢いで、様々な吸水ケア製品が棚一面を占拠しています。
生理用品を買いに行ったら、棚の目立つところに「吸水ナプキン」「さわやかパッド」「安心ライナー」など、吸水ケア製品ばかりが陳列されていて、生理用品にたどり着かない、、、というのは、ごく最近のイオンモール草津での出来事です。
生理用ナプキン市場の衰退を見越し、各社、人口動態的に今後も成長が見込める吸水ケア製品市場に成長機会を見出しているのです。
実際、株式会社富士経済の市場調査でも、吸水ケア製品は前年比+6.4%の高い伸びを示しており、トイレタリー市場の中でも注目されていました。

ウィスパーは競争に敗れたのか?

この激変する日本の生理用品市場から撤退したウィスパーは、競争に負けたのでしょうか?生理用品市場に限定していえば、答えはYESでしょう。20年ほど前は、ウィスパーは競合他社製品に比べて少し高く、そのかわり機能性が良い、というイメージがありました。しかし近年では価格差も縮小し、競合他社のような新製品の投入やパッケージデザインの刷新などもあまり記憶になく、変わり映えのしない定番ブランド、という印象でした。

ウィスパー撤退の裏に、したたかな成長戦略

一方、ウィスパーブランドとしてみれば、ただ負けて尻尾を巻いて退散した、というわけではありません。実は、ウィスパーブランドは今も日本のGMS、DSの棚に堂々と並んでいます。
-ただし、生理用品の棚ではなく、吸水ケア製品のコーナーに。

2018年3月のウィスパー販売終了には続きがあります。翌年2019年10月、P&Gは、同じ「ウィスパー」のブランドを使って、吸水ケア市場に参入し、本文執筆現在、2ライン6製品を展開しています。
これだけ書くと、「競争に負けて撤退して、今度は成長市場に乗っかろうと思いついただけではないか」ともとれそうですが、撤退・参入のタイミングと、P&Gの海外市場での動きを見ると、そんな短絡的な経営判断とは思えません。

団塊ジュニアを追いかけ、ブランドを武器に成長市場へ

撤退した2018年、日本の団塊ジュニア世代(1970年代前半生まれ)はちょうど閉経に差し掛かる40代後半。さらに、尿失禁は、ホルモンバランス等の影響を受ける妊娠中の女性のほか、骨盤底筋群が衰える40代以降の女性に多い悩みと言われています。

人口ボリュームが集中する団塊ジュニア世代のニーズの中心が、生理用品から吸水ケア製品に移行するのにタイミングを合わせるように撤退・吸水ケアへの参入を発表。
更に、団塊ジュニア世代が若いころに「トップブランド」として慣れ親しんだ「ウィスパー」ブランドのブランド資産をそのままフル活用して、人口のボリュームゾーンを取りに行っています。

グローカルで冷静なP&Gのマーケティング戦略

この一連のP&Gの動きのうち、日本向け生理用品からの撤退と吸水ケア市場へのブランド転用が、どの時点から戦略的に行われていたのかは不明です。競合他社の追い上げにあい、思うようにシェアを維持できなかった、というのも、撤退に至るある時点での事実でしょう。

しかし、80年代後半に市場トップにあったP&Gが、トップの座に固執することなく、シェアを失う途中のどこかの時点で、競争が激化する縮小市場自体に見切りをつけた冷静な意思決定、そして、世界で展開するWhisperブランドを、日本市場では吸水ケアブランドに転用したローカルな判断は、マーケティング力の高さで有名な会社らしい、経営姿勢だと感じます。

尚、吸水ケア市場の急成長は世界的な潮流で、P&Gは2014年に北米市場で「Always discreet」(約:いつだって、秘密は漏らさず慎重に。的なニュアンス?)のブランド名で吸水ケア市場に参入し、現在も、同ブランド名で欧州・北米に展開するほか、中国市場にも参入しています。日本では、「ウィスパー」ブランドを採用しつつ、Always discreetと似通った紫をブランドカラーとするパッケージデザインに統一するなど、他地域の先行事例を活用しながら、日本現地の状況に合わせてローカルにマーケティング戦略を検討しているようです。

どこにいても、生き残ったほうが勝ち

どの業界でも、成功をつかみトップを取ると、その市場で勝ち続けることに固執しがちです。勝者の呪縛ともいうべき「損失回避」の心理から、いつの間にか冷静な経営判断を見失い、市場が縮小しようと競争が激化しようと、トップの地位を守ること自体が目的にすり替えられます。

とはいえ、企業の根本の目的は、利益を生んで生き続けること。利益を生まない・生みずらい市場に投資し続けるのでは、本末転倒です。今回は身近な日本市場を起点に考えましたが、国内で争ったユニ・チャーム、花王とも海外売上比率が6割を超えており、日本の成熟市場は、もはや主戦場ではなくなりつつあります。日本でのシェア争い固執すると、かえって利益を失う可能性もあり、日本にルーツをもつ企業には、もどかしい状況でしょう。

今回、推論のベースとできるようなデータがほとんどなく、上記の多くは私の憶測ですが、実際にはP&Gの内部でどんな議論を経てきたのか。
いつか機会があれば是非聞いてみたいです。

P&Gの今回の撤退・新規参入の成否の判断はまだ尚早ですが、創業以来185年にわたって成長し、生き続けるP&G。
今後の勝負の行方が楽しみです!

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