そんなの「あるわけないだろ〜!」
コロナ禍以前の頃まで遡りますが、その当時地下鉄に乗る度に楽しみにしていた社内広告がありました。
「白金で3LDK、家賃は8万ぐらいで駅から近い物件で、できれば新築が希望です」
その車内広告動画の中では、家族づれの若い男性が不動産のおじさんに「忖度なしの希望」を伝えています。
お客様と思って最初はじっと我慢して聞いていたそのおじさん、案の定と言うべきかしまいにはキレてしまって、つい言い放ったセリフがその「そんな物件、あるわけないだろ〜!」というわけです。
次に広告の画面が切り替わると「それなら川を一本隔てた川口の物件はどうでしょう?」と、おもむろに「現実に沿った提案」をする、というものでした。
「希望」はあくまでも希望ですが、この広告に登場する若いパパの物言いが、あまりに正々堂々と「忖度なし」のその態度に、むしろ私は「あっぱれ!」と感じ入ってしまい、毎回通勤電車に乗るたびにこの若きパパと不動産屋さんのおじさんとのやりとりを楽しみにしていました。
やはり、なんだかんだ言ったところで「あなた」にしても「わたし」も、そんな通勤電車に揺られながら「みんな」と一緒に同じような通勤をし、やっとの思い出到着した職場で、そんな「みんな」とワイガヤしながら仕事をするのが「性に合っていた」。それだからこそ、長年にわたりここまで勤めてきたのではないでしょうか?
それがいざ「定年」退職をし、自分と会社とのつながりや居場所を失ってみると、それまでの「ルーチン(繰り返し)」のありがたみを再認識することになります。とは言うものの、今となってはその代わりとなる「自分の居場所」を、自宅に見つけようとしても、そもそも「ワークがない」のですから無理な相談です。
その結果、「なくなったものは、もう取り戻せない」という悲しい現実を受け入れるのか、それならばいっそのこと「定年いたしません!」と宣言し、私のように現役続行を実行に移すかーーその選択はあくまでも「あなた」の気持ち次第です。
前述したように、すべてのサラリーパーソンにとって「会社こそが自分の居場所」なわけですが、今なお現役世代であるあなたは今この時から、次のように考え方を改めておく必要があります。
「会社は自分のものではない」
「会社にとってわたしは取り替えの効く一部品に過ぎない」
この、分かりきっているけれど「ついつい思い違いをしてしまう」事実を再認識しておくことです。
その上で、「自分の本当の居場所」とは、いったいどこにおくべきか、今のうちから準備しておくことで、不必要にうろたえることもなくよりスムーズに、「その日」(定年)を迎えることができるに違いありません……(つづきは本書↓で)
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