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■【より道-5】仏さま
大井町の駅周辺をキョロキョロとみわたしながら、父をさがしていると携帯電話が鳴った。母親からの着信だ。ワンコールで電話にでる。
「さっき、お父さんから電話がきて、ジュンシロウがいないと言ってたのよ。どこから電話をかけてるの?と聞いたら公衆電話だといってたわよ」
「それで、どこにいるって?」
「なんか、近くにスーパーがあるといっていたわ」
「もう一度電話がかかってきたら、大井町線の改札をでたところにいると伝えといてよ。」
いきなり振り回されているが、まぁしょうがない。それから10分ほど待っただろうか。父が改札口にやってきた。
「ようやく出会えたね」
なんとも、父らしい開口一番の言葉だった。歩くスピードが遅くなった父に「ここから、歩いて10分ほどだけど、約束の時間に間に合わないから、タクシーでいこう」と伝え、タクシーで大井町警察署へ向かうことにした。
タクシーに乗車すると父が話し出した。
「徹さんは、酒が好きだったから、おそらく酒にやられたんだろう。両親も亡くなっているし結婚もしていない。ロンドンの大学で教授をしていて、まるで、ふうてんの寅さんのようにさまざまな国に出向いていた。老後は大井町のマンションで一人暮らしをしていたんだよ。気になるのは、白虎隊の脇差を持っているといっていたな。そして、徹さんから、自分が死んだら誰にも連絡をするなと言われていたから俺がやらないといけない」
「ただ、徹さんの叔母さん、佐藤信子さんが93歳でご存命なんだ。信子さんは、3等身にあたるから、相続権もある。連絡するなと言われていたが、昨日連絡をした。息子さんがこっちに来るらしい」
「そうなんだ。徹さんは、なんで誰にも連絡するなと言ってたの?」
「佐藤徹さんの父親は、オレの母親の兄貴、弘(ひろむ)さんだ。豊島博子さんと結婚した弘さんは、佐藤信安さんという、元広島市町の夫婦養子になったんだ。そのことで信子さんと博子さんの間でひと悶着あったときいてるよ」
チンプンカンプンだ。知らない名前の登場人物が多くて、頭が追いつかない。そうこうしているうちに大井町警察署に到着した。
タクシーを降りると、担当の刑事さんが笑顔で出迎えてくれた。いままでの人生で、警察の人がこんなに、にこやかに迎え入れてくれる印象を受けたことがない。きっと警察の人からしたら、助け船が到着したようなものなんだろう。引き取り手のいない孤独死の対応は社会問題になるほど大変で、最終的には、国が費用を出して無縁仏となると聞いていた。ロビーに案内されソファーに座る。警察官の方々が、3名ほど出てきて状況を話し出した。
「マンション管理人からの通報があり、死後1ヶ月ほど経っているようです。遺書などはなく身辺を確認したところ長谷部さんのお名前がでてきたので、昨晩ご自宅に伺いました。まだ、検案の順番がきていないので少しこちらでお待ちください。」
「わかりました。」
「あと、身元不明のため、個人とわかるものを故人の自宅から持ってきたので確認をしてください。」
そこには、財布や通帳、住民票、パスポート、写真や薬手帳なのど様々なものが紙袋に入っていた。ひとつずつ父と目をとおしていく。すると、パスポートの緊急連絡先に父の名前と実家の住所が記載してあった。
「これをみて警察の人たちが実家に行ったんだね。しかも、住民票にはウチの実家から大井町のマンションへ引っ越したことになってるよ」
「徹さんが、ロンドンに行ってるときに、日本に家がないから、ウチを下宿先として登録してたんだよ」
20年以上も下宿したことになってる。そりゃあ、実家に警察がくるだろうに。。。そうこうしているうちに友人で葬儀屋の小野崎がやってきた。
「お待たせ。お父さんこの度はご愁傷様です。もうすぐ、霊柩車がきますので、検案が終わったら安置所に仏さんを運ぶ段取りします。」
「よろしくお願いします。」
小野崎は、遺体を運ぶ霊柩車を用意してくれていた。そして、警察と色々話をつけて諸々段取りをしてくれている。正直、これから、何をしたらいいか全くわからなく困っていたころにとても頼りになる存在が到着した。まるでヒーローのような存在だ。
しばらくロビーで待機していると検案が終わり身元を確認をすることになった。自分は、顔もわからない人の亡骸をみることに、なんか引っかかっていて、躊躇していると
「お前はみなくていいよ」
自分の考えを見透かされたように、父が立ち上がり警察と一緒に奥の部屋に向かっていった。そして、5分ほどすると戻ってきた。
「あれは、みないほうがいいね」
死後1ヶ月ほどたっていたので亡骸は崩れていたという。その後、検案をした先生と話をした結果、死亡理由が不明な「不詳」扱いとなった。仏さまは安置所に運ばれて行き、3人で警察を後にする。いまから、品川区役所へ行き死亡届を提出しに行かないといけない。