【193日目】息子へ紡ぐ物語
ご隠居からのメール:【 息子へ紡ぐ物語】
昨日、パソコンの操作方法について時々アドバイスをいただいている知人からメールがあり、Little Vaader氏の「息子へ紡ぐ物語」というブログの存在を教えてもらった。
読んでみると、Lineのやりとりなど、臨場感があり、ユーモアもありで、オレの随筆『パンダミック体験記』よりも面白いと思った。個人情報ダダ洩れだが、まあ、この程度ならいいか。
息子とはオレからみると、孫のことで、売れない作家とはオレのことかいと、妙な気持ちになった。売れなくても、息子から作家と認めてもらうと、こそばゆいような気分になる。これまでにも知人の作家として認めてくれた人もいないでもないが、今一つ手ごたえが足りない。
知人によれば、最近、知人の筆名でgoogle検索すると、あやしげなサイトに誘導されるように誰かが(おそらくは中国人)が仕組んだので、やむをえず、全文を削除したという。パソコンの運用もうっかり油断できない世の中だ。サイバー空間には、どこにワナが仕かけられているかわからない。
返信:【Re_息子へ紡ぐ物語】
次回、会ったときに話をしようと思っていたが、許可もとらず、「note」にメール内容を掲載してしまい。ごめんなさい。
自分は、44歳になってからやっとご先祖さまのことを知ることができたので、いつか知ることになるであろう子孫に向けて、「note」の利用を考えた。82歳の御隠居さまとメールのやりとりができることは、もはや、仙人から学べていることと同じことだと思っているよ。
ついでに、売れない作家の本が売れたらいいなと思って、プロモーション活動の意味合いも含めているが、随分早くに「note」への掲載分が知られてしまったね。連載をはじめて一ヶ月ほどだが、海の中の貝殻を探すようなもんだとは思っている。
自分が昨日「無理をしてるかもしれない」と書いた意味は、人生を左右するのは、人とのご縁だと思っているからだ。ご先祖さまたちも人とのご縁で成功したり、苦しんだり、悩んだりしただろうなと思う。
良い学校、良い会社に入ることも同じような価値観を持った人と出会う可能性が高いからだ。あの当時、自分にとってセンターストーリート・コーヒーハウスが救いになったのは、同じ境遇の若者たちが集まり、心の支えになったからだと思っている。
お父さんが文学の道を選んだのも、ギャンブル仲間のいる会社で定年をむかえることができたのも似たよう価値観の人とのご縁があったからだろう。
自由主義、民主主義の世の中で、何をもって人生の成功とみなすかはわからないが、資本主義をかかげている以上、きれいごとは置いておいて、お金は幸せになるツールの一つなのだろう。
自分にとっての成功は、生活に困らないお金と心豊かになる人間関係、そして、人の役にたつことだと思っている。