【44日目】 勝次郎・つね夫妻の子供たち
ご隠居からのメール:【勝次郎・つね夫妻の子供たち】
うん、昭和の時代は、パワハラ暴力も当たり前のスゴイ時代だった。よく生き延びることができたものだ。
>運を磨くには
>徳を積んだり、笑ったりすることなんだろうね。
>ご先祖さまを尊ぶことも、ひとつだとおもう。
危ないことも何度かあったが、その都度なんとかきりぬけたのはご先祖様のおかげだとつくづく思う。Jにそのように教えた記憶はないが、Jが自分でそのように認識してくれたかと思うと嬉しい。
ご先祖さまを尊ぶのは孔子、徳を積むのは老子、笑うことは荘子の思想だ。いつのまにか、Jはそれが自然に身についている。
●長谷部勝次郎・つね夫妻の子供たち
・長谷部與一(長男)
・長谷部菊二(次男)
→比島キャビテ州ウハゴノイで戦死
・長谷部亀三(三男)
→分家の叔父さん、元航空隊予科練
・長谷部貢 (四男)
→仲村家に婿入り。子供は一男一女
・柴原繁子 (長女)
→鳥取県日南町 子供は七人
・岸戸貞子 (次女)
→岸戸氏は氷室神社の氏子 子供は七人
・木村秋代 (三女)
→木村氏は氷室神社の氏子 子供は四人、孫の一人はJと遊んだ
・井田雪江 (四女)
→井田氏は亀尾神社の氏子。子供は三人。孫の一人はJと遊んだ
返信:【Re_勝次郎・つね夫妻の子供たち】
菊二おじさんのことを忘れないようにしてあげないとね。戦争で亡くなったおじさんがいることをしっかり記録しておくよ。貢さんが養子になった仲村家というのは、どこの人なんだろう。
柴原さんは、また日南町。尼子遺臣系列のつながりなのかな。あとは、高瀬村内の家に嫁いでるんだね。
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