【253日目】八百万の神々よ
ご隠居からのメール:【八百万の神々よ】
『尼子姫十勇士』のムチャクチャ荒唐無稽な話には呆れはてるばかり。
その1:
尼子再興軍が苦戦をしいられている最後の晩、「願わくば、我に七難八苦を与え給え」ではなく、「八百万の神々よ、願わくば、姫の胎(たい)にわが命を宿し給え」と山中鹿之助が祈願する。相手はスセリ姫だ。鴻池の始祖新六を生んだ千明(?)ではない。
その2:
ナギが憑依してスセリ姫になり、さらに鹿之助にもなる? すると、スセリ姫と鹿之助の人格はどこにいったのか。八百万の神々は尼子を見捨ててしまったのか。
その3:
日御碕神社は日の本の夜を守る「日没の宮」であり、その宮では八股の大蛇を退治したスサノオノミコトが祀られている。塩冶氏の養子になった尼子興久は、川運を意のままにあやつったことから、スサノオノミコトになぞらえられていたという。つまり、日御碕神社は興久ゆかりの宮だったはずだが、興久は何故自刃に追い込まれたのか。その時点で尼子氏は八百万の神々に見捨てられる結果になってしまったことになるのではないか。
その4:
スセリ姫は黄泉比良坂から黄泉国へ行き、姫を追いかけていった鹿之助の魂は、「おれは、弱い。イザナギではない」と思った。最後まで戦い抜いて死んだ戦の申し子のセリフにしては物足りない。
ボディコピー、いいね。詩のように見える。本質的には詩人なんだな。
禅問答:南泉禅師は老いぼれて仕舞ったのか恥を知らない。家醜を口外してしまった。それなのに恩を知るものは居ないとは無げかわしい。
感想:ファミリーヒストリーとは何かと、問われると、家醜をさらすことと答えてもいいのかもしれない。
返信:【Re_八百万の神々よ】
諸田玲子さんは、謎につつまれた尼子の話を、伝説と絡めて面白おかしく書いたのだろうか。ファミリーヒストリーを探る我々のような子孫としては、おもしろくないが、本を売るために、なにか、ハチャメチャなエッセンスをいれたのだろう。複雑な話をふざけた名前で進めているので、親しみやすさを意識したのかもしれないけど、そんなところに、作者の意図があるのだろうね。
ファミリーヒストリーは、家醜か。誰がどう受け止めるかの話しだ、とは思うけど、誰でも、どんな人生でも七難八苦を経験し、挫折と後悔をくり返しながら、なんとか生きていくものだから、恥でもなんでもないだろう。それを、子孫たちが恥ととるかどうかが問題だ。
牟田口廉也や辻政信の子孫が、いるかどうかは知らないけれど、少なくとも家族や子孫たちだけは、ご先祖様のことを誇りにもつべきだ。最近、ヒットしたマンガ「信長を殺した男」は、子孫が先祖の汚名を晴らす目的で書籍にしている。
その点、小室さんと眞子さんは立派だよ。試験に落ちて恥をさらしたとしても、自分たちの生き方を全うしている。まさに七難八苦を乗り越えようとしている時期だが、ふたりの幸せを心より願うよ。
昨日は、ディズニー時代の友人に会った。五年前から介護の仕事をしているそうだ。実に二十年もの間、パチプロを続けた。たいしたもんだ。彼のファミリーヒストリーもいつか、書きたいと思う。きっと、喜んでくれるはずだ。
子どもが少しずつ親離れしていき、むかしのように自分の時間(暇な時間)をつくれるようになって、友だちに会える機会が増えてきた。地元を離れて住んでいるので、妻も許してくれているのだろう。ありがたいことだ。
しかし、友人たちは、自分のことをよく知ってくれている。もちろん、ベンチャー時代を共に戦った仲間たちもそうだ。会社でも諸先輩たちに支えられているし、多くの人に助けてもらっている。そのことに、ちゃんと気づくことができたよ。ほんとうに感謝だな。
前回の話【より道‐84】戦乱の世に至るまでの日本史_室町幕府の六職_今川氏>>>