たゆたう日々の中で
今の私はフリーター予備軍.10月末で退職し、年末まで働かないパート.年明けからは不明の予定.国立大までストレートに過ごして、好きだと思って未来を託した会社に入れた1年半後、どうしてこんなことになってしまったんだろうか.と思うこともできる.とても気に入ったはずの介護大手の弊社様.
思うに、ヒーローになりたい気持ちとの折り合いが下手すぎる.万民に優しく、まっすぐに努力する力なんてもう私には残されていないのに.幼き私が持っていた、あの純粋な目を私は疑うことで潰してしまった.疑うことでしか知り得なかったことと引き換えに.社会の歪な構造、親族の不和、友人の家庭環境、そうして大人になってきた.
「見たものと食べたもの、それ以外は娑婆の預かり」と祖母はよく言い聞かせて育てた.娑婆の意味も分からないながら、経験の大切さを考えるようになった.学歴だけで社会を操作する側になんてなれないと思った.だから現場にいる.ここまでは間違っていなかった.
現場は有料といいつつ、実際は特養に近付いている.120人近くが暮らす大所帯.
私のフロアは主に認知症がかなり進んだ人々の生活の場.数年入居していても、今日こそお迎えが来る2日目位だと信じている人々.次元が歪み、思考が歪み、真夏に40度を越すことなんて知らない人々.段々と転倒リスクを顕にし、排泄物に塗れている.彼らの生活を支えることはとても面白い、やりがいのある、仕事.入社前に想定していた不安なんて一つも現実にならなかった.
ただ、不協和音が重なると、人は優しさを忘れて閉じこもっていくのだと知った.
業務が大変だから辞めるわけではない.上司が追われるタスクを知って、会社の現状を知って、憧れられない人々が織りなす不協和音に耐えかねた.祖母の歪みが大きな重石のようになって、会話を無視してご飯を口に突っ込みながらTVを眺め、涙が溢れなければやっていけない位に私は壊れ始めた.休むか死ぬかだと本気で考えた.
死のうと思えない位には大切な人がいっぱいいた.まだ娑婆にいたい
休みの間に私は何を得るのだろうか.どんな日々を過ごしていくのだろうか.
中途半端に勉強した資格たちや、貯金は私に何をもたらしていくのか.分からない.
ただ、身体のしんどさを解放した先に本当の自分がいる気がしている.救いのない願いなのかもしれない.優しい人でありたい.笑顔で日々を過ごしたい.また自分のことを好きだと言えるようになりたい.博識に近づきたい.おしゃれな人になりたい.強欲すぎる位が私だったはずだから.そのために努力していたはずなんだから.