外国語の語彙力の伸ばす時に意識すっこと

偶にはまともな記事を書いてみるかぁと。ということで、今回は外国語の語彙力を覚える時に意識したり、した方がいいかなとという考えを、ワタシの経験から捻出して、書きたいなと思います。では、いくよ。

では語彙力云々の前に、語彙力が高い、或いは言語の運用能力が高い(言語学習において目指すべき一つの理想)とは、どのような状態なのかについて、内田樹さんの「街場の読書論」から引用したいと思います。

何度も書いていることだけれど、「言葉の力」というのは、それが思考を適切に表現できるヴィークルとしての性能がよいということではない。ある名詞を口にすると、それを修飾することのできる形容詞のリストが瞬間的に頭に並び、ある副詞を口にすると、それをぴたりと受け止める動詞が続く‥‥‥というプロセスが無意識的に高速で展開するという語の「自律」のことである。(内田樹、2012、257)

語彙力を伸ばすのは何故か。ワタシの場合、ただ試験に受かりたいためというわけではありません。内田樹さんの言う「言語の運用能力の高さ」とは、完全には一致しないかもしれませんが、なるべく言語表現の選択肢を増やし、文が自然になるようするためということを意識しています。おそらくね。意識しているということを意識し始めたのが最近なので、あまり当てになることはないかもしれませんが。

まぁいずれにせよ、ある程度の「語彙力」というのは必要になるわけです。ある言語を勉強していると、よく出てくる文法は覚えることが出来るのですが、その型に頼り切ってしまうと、(個人的に)表現が貧相になってしまうのではないかと思ってしまいます。例えば、(これはワタシがちょくちょく使う例ですが)「雨が・・・」と来たら、「募る、聞こえる、しぶく、歩く、注ぐ、泣く」という「降る」以外の動詞の選択リストがあってもいいと思うのです。その時そん時で、表現を変えていけばいいのです。

「~する必要は無い」と英語で言おうとしたら、「don't have to」だけじゃなくて、「don't need to」だったり、「~ing is not necessary」や「had better not(強い意味)」、「it isn't necessary for you to~」、「not in charge of~」とかも、もしかしすれば使えるかもしれません。語彙力は覚えている数の多さ、種類の多寡では必ずしもなく、どれだけ選択リストを考え、適した表現を使うことが出来るかではないかと考えます。内田樹さんの意見を参考にすればですが。なので、ワタシの意見とは言い難いかもしれませんね笑。まぁ、それでも全然いいんですけども。

さて、肝心のその語彙力をどう鍛えるかですが、これは(残念ながら?)ある程度英語がわかる人用かもしれません(ワタシは英語がトクイだとは思いませんが)。もしかしすれば、それ以外の人にも・・・ということで。

一番楽な方法は、ちょっと背伸びして洋書を読むことです。それも、分からない単語が結構出てくるタイプの。自分のレベルにあっているものだけ読んでいても、成長にはつながらないと思います。個人的に。なにより、ワタシは、単語帳に縛り付けられているよりも、ずっと楽です。何故かというと、単語が文脈の中で登場するから。博物館や美術館に並べられ、文脈や背景がよく見えなくなっているような、単語帳に載っている単語よりも、文脈の中で理解するほうがずっと理解しやすいし、覚えやすいと思います。「itinerary」とかTOEICの単語帳で出てきても、全然覚えられませでしたが(というかその単語を忘れていたことも忘れていましたが!)、文脈で登場した瞬間、忘れないほどに刻み込まれたと思います。単語には、適切な文脈がある。ドレミの音階単体では何か分かりませんが、曲のようになって初めて、それぞれが「ド」「レ」「ミ」としてより際立つのだと、ワタシは思います。

母国語と、外国語の習得方法を全く同じにしろなっていいませんが、文脈の無い単語を覚えるのは、やはりなんとなく変だなァと感じます。確か「レアリア」を大切にしろーなんて、どこかで学んだような気がします。ということで、外国語を勉強、特に語彙力を高めたいなら、その言葉で書かれたもの(洋書?)を読むことをお勧めします。単語の自然な使い方が、そこに書いてありますよ。




今日も大学生は惟っている


引用文献

内田樹.2012.街場の読書論.太田出版



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