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未来は過去におけるもの
未来は、結局は、私たちの推定にあるものか、私たちが造り上げるものでしかないのだと思う。
未来は、それ自体では存在することはない。「未来」は「未来」というだけで、そこに自立自存しているわけではないということを、最近色々な本を読んで学んだ。
むしろ、未来は過去において存在するものではないのか、とさえ思うようになった。大抵、未来は、過去もしくは現在の状況や特性から考慮して想像された、一種の仮想世界(可能世界)でしかない。
未来は、未来にはない。
「ある」と言えるのは、現在における「現在」という状況だけ。
未来は、それ自体であると云う時、非常に曖昧な存在と化す。過去がこうであったから、現在がこうであるから、未来はきっとこうであるのだろう。まさにこう云う時、未来は過去(或いは現在)に存在していると、やはり私は思うのだ。
「「未来」なんて判る分け無いだよ。」という記事でも書いたと思うが、未来はつまりは、後ろにあるものだ。未来はどうやったって、見ることは出来ない。未来はその目の前に、あるものじゃない。
私たちが頭の中で想像することによってしか、立ち現れないものが未来だ。私たちは経験によってしか、未来を構築することが出来ないのだ。未来は未来に依存しない。未来は、果てしなく過去に依存する。
其の過去すらも、もはや存在しているものではなく、「あった」という想定で、私たちがまた再構築しているもの。未来は、「再構築したものを使って、恣意的に構築しているもの」なのだ。(数学を使えば、その予測を正確なものに出来るが)
結局、未来は人間の頭の中、というわけだ。
「こうなるだろう」という想定自体が、そもそも特殊なものだということを、人間は忘れがちだ。本来無いものをあるように考えるのだから、一種の嘘とも言っていい。未来は、よって特殊なものだ。特殊なもんでしか無いレベル。
未来は、一種の過去や現実である
そういった方が、なんとなく納得がゆく気がする・・・!
と
今日も大学生は惟っている。
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