文字型ライトボックス工房(ベルリン)
ドイツの街を歩いていると、昔ながらの商店やバーの看板に文字型ライトボックスが使われているのをよく見かける。ある日、ベルリンの蚤の市をぶらついていたときに、使われなくなった文字型ライトボックスが大量に売られているのを見かけた。聞くとそれを売っていたおじさんが自分で作っているという。後日、自分のドローイングのイメージをこのシェイプドのライトボックスにできないかと思い、再び蚤の市へ赴いて、このおじさんにラフな設計図をその場で見せると「作れる」という。ネームカードをもらったので、最終的な設計図をおじさんのメールアドレスに送ったものの、全く返信が来なかったので、結局三度蚤の市へ赴いて、直接設計図を手渡したような記憶がある。
後日、ライトボックスができたという連絡があったので、おじさんの工房へ赴くことになった。工房はベルリンの少し外れ、ヘルマンシュトラーゼからさらに南、たくさんの小さな工場が集まっているエリアの端っこにあった。
様々な文字看板の集積に埋もれながら、おじさんは作業していた。側面板となるステンレスを独自の道具を使いながら折り曲げて、文字を作っていく。自分がお願いしていたカタチは文字とは違って、うねうねした形だったが、原寸大でその形のアウトラインをプリント、それに沿って背面板、側面板を作成し、溶接で貼り合わせているようだった。全面のアクリル板(乳白)もグラインダーでカット。アクリル板をステンレス部分に固定するために、独自にアルミの丸っこいカバーを特注して使用していた。(日本では見かけたことがない)
ライトボックスを光らせると、少し影になってしまう箇所があって、その場で内部のLEDの場所を調整してくれた。中の構造は至ってシンプル。そしてオーダーメードの割には値段も格安だった。完成品を手渡すときに、おじさんは「これはクリスマスプレゼントだ。」と冗談めいて言った。その日は2020年のクリスマスで、ドイツでは部屋で家族の集まりにしても人数制限がかけられていた記憶がある。そういう冬だった。
完成したライトボックスは無事インスタレーションの一部として展示することができた。それから少し経って蚤の市で再びおじさんに会ったときに、彼はもう歳なので工場を閉めるのだと言っていた。自分はまた何かの機会にオーダーをお願いしたいと思っていたので、とても残念だった。これからは自分で作らないといけない。
アートにまつわる素材に関して、あらためて興味を持ち始めたのはこの事がきっかけとしてある。都市や生活の見慣れたインフラは、それを生産している職人や労働者が存在している。彼らが持っているテクニックや素材の扱い方は、とても精巧で、手の匙加減や経験に依る部分が大きいために、可視化や言語化が難しく、一般的にはあまり知られていない。しかしながら、そういった部分にこそアーティストが作品を作る上では、数多くのヒントが埋もれているような気がしてしまう。単純な話、このライトボックスの作品にしても、このおじさんとの出会いがなかったら作っていなかっただろう。そう考えてみると、過去の美術史を振り返っても、多くの傑出した作品の背景にはアーティストと職人との見えない関係があり、相互の信頼関係こそがそれらの作品を作り上げてきたのだと思える。
自分自身、近年の制作において様々な媒体や素材を使うことが多くなったこともあり、あらためて都市や生活を構成しているインフラ素材、マテリアルに関して、それを製造する人たちとの対話も含めて、自分なりに考察してみようと考えたのが、この素材ノートの始まりとしてある。