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言葉にできないことは、言葉にするために大切にする

言葉にできない感情や想いが好きだ。
言い表せない感覚はもどかしいけれど、必要なことだとおもう。
すべて言葉にできてしまったら、生きてそれを感じる意味が薄れてしまう気がする。
安易に簡単な言葉でまとめてしまうと、小さな心の動きは無かったことにされてしまう。
最近の言葉の使い方は、はっきりしている。
ぼんやりとした曖昧な言葉が尊重されず、悪にまでなってしまう場面を何度か見た。
悔しいが、「悔しい」だけでまとめるには、複雑な感情だった。


思ったことを下書きにしていたものが放置されて一ヶ月以上経っていた。読み返してみて、もっと考えたくなったのでnoteを書こうとおもう。

言葉にできない感情や想いを、大切にしたいと思う意味を分析する。
なんでインスタントに表現するのが嫌なんだろう?どうして簡単になることに不安を覚えるんだろう?

小さな心の動きがなかったことになるのは、本当にそう思う。常に思う。安直な言葉にした時点で、ディティールがわからなくなってしまう。
言葉にできないモヤモヤを、じっくり味わい、噛み砕く時間があった方がいい。
では、噛み砕く時間が重要なのはなぜ?
だいぶ考えた。結論は、言葉にできないことを噛み砕くと、『言葉にするちからが得られる』ということだった。
言葉にできないことを自分の中で転がし続けるとどうなるかというと、ディティールを表現できるようになるのだ。
インスタントに突いて出た言葉ではなく、考え抜いて絞り出した言葉はきっと限りなく感じたままに近い感情や想いなどを表現してくれる。

表現の仕方は言葉じゃなくてもいい。絵とか、音楽とか、造形とか。
言葉にできないことを忠実に表現するために、私は言葉にできない想いを、今まで以上に大切にしたい。

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ささの うゃ(UYAMUYA)
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