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茶はしばくよりも落ち着いて飲みたい

なんでも次回の番組でお茶の話が出てくるらしく、note記事のテーマも「茶」で、というボールが飛んできたので思いつくままに書いてみます。

さて、突然ですが関西では「茶をしばく」という表現があります。

しばく、とは「ぶん殴る」というような意味です。もちろん実際に茶をぶん殴るわけではなく、仕事が煮詰まってきた時に「茶でもしばくか」といえば一息入れよう、休憩しようというような意味ですし、街なかで見知らぬ異性から茶しばこうと言われた場合には遊びに行こうという意味でいわゆるナンパです。そして茶をしばいてる現場では半分以上の確率で茶ではなくコーヒーを飲んでいます。日本語難しいですね。非日本語話者だったら理解できる気がしません。

ところが、茶にも歴史あり。かつて本当に茶をしばいた人たちがいました。

そう、

ボストン茶会事件

ですね。

世界史あんまり覚えてない、という人のためにざっと解説。

事件は18世紀のアメリカ。当時のアメリカはまだイギリスの植民地でした。つまり、もともとイギリスから渡ってきた人たち。イギリスの茶文化をそのまま北米大陸に持ってきてたので、茶を輸入して飲んでいました。

ちなみにイギリスは紅茶のイメージがありますが、ヨーロッパに茶が伝わるのは16世紀のこと(しかも初めてヨーロッパにもたらされたお茶は日本産だったという話も)。中国などアジア圏ではずっと昔から茶の文化があったのですが、ここで登場するのが東インド会社です。

もともと、植民地アメリカではイギリス本国からの干渉や税制に対する不満が高まっていました。そんな中、イギリスが茶に関する法律を制定して東インド会社にアメリカでの茶市場を独占させました。アメリカからすると自由に茶の取引ができないわけです。茶が自由に飲めない。

これに植民地アメリカの人々がキレた。

1773年のボストン。過激化した人々が東インド会社の貿易船を襲って、「ボストン湾をティーポットにする」などと叫びながら342箱もの茶を海に投げ捨てたそうです。茶を飲みたいのなら盗み出すだけでもよさそうですが、海に投げ捨ててるあたり相当キレてますね。まさに茶をしばいてる

当然イギリス本国は犯人を探すわけですが、植民地の人々は

『知らんし。茶しばいてただけやし。』

と、茶会を催してたという謎の言い訳でごまかし、結局真犯人は見つからないままだったとか。この経緯からボストン茶会事件(Boston Tea Party)と呼ばれることになります。

結果、イギリス本国と植民地アメリカの決裂は決定的なものとなり、2年後の1775年にはアメリカ独立戦争へと発展します。茶の恨み怖い

以降、アメリカはイギリスとの対決姿勢を示すためか、茶よりもコーヒーを好んで飲むようになります

いや、茶しばきたかったんちゃうんか・・・(コーヒーも美味しいよね)

茶をはじめ世界中で需要のある産物は歴史にも深く関わっています。茶の歴史はなかなか物騒なものも多いですね。イギリスへの香港割譲につながったアヘン戦争も東インド会社による茶貿易が関わっています。

この記事はだいぶ脚色して書いちゃってるので茶の歴史については以下の本をぜひ。

こうやって歴史を眺めると、いまの日本でお茶を飲むという時間はなんとも平和で穏やかなものだなあ、と思いますね。

茶はしばくよりも落ち着いて飲めることに感謝しつついただきたいものです。

・・・という話とおそらくは全く関係のない、おしゃれなお茶の話がたぶん出てきますRadio Burn+は土曜日18時から。以下の話題を扱う予定ですのでMBCラジオ、Radiko、YouTubeでどうぞ。




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