見出し画像

『そうね、でもおいしい生活もしたかったじゃん?』 | #短編 ♯シロクマ文芸部


『海砂糖:20』と、

あたらしいアカウントでアプリに書きこんだ。DMが押しよせる。みんな欲しがっている。事務所から買ったぶんを売りきったらアカウントを消す。

それにしてもSNSでやりとりするキーワードはちょろちょろ変わるから、こっちだってメモするのがめんどくさい。事務所から度々外国製のラインみたいなアプリで指示が来る。

ああ、つまり、このクスリのいまの相場は二万円ですよ、ということ。安いと思う。ガスボンベだの市販の風邪薬だのでラリってもらっちゃシノギ上がらないから事務所も大変なんだろう。純白よりは劣るけど(ああいうのはお金持ちが使う)うちら低級市民には充分な品質。

新卒で入ったSEを辞めて身体をうごかす仕事のほうが合ってると思ってこのご時世に、自転車でフラペチーノだのパスタだのの配達だけで東京で生活できるだなんて、考えが甘かった、無理だった、あたしの体力が保たなかった。半年たたずに貯金が底をつきそうだった。副業を探した。ビデオに出てみたけどそれほどワリよくなくて二回くらいで切ったら、この仕事をしろと太い声の男から「激励のお電話」をもらって、やることになった。

あたしが今晩売った相手はまったく疲れた顔をした常連さんだった。自分に似た子だった。だからウインクまでして励ましてみた。

ご注文の品、はい、どうぞ、

「しあわせになろうね」

その子はうなだれたまま、札二枚をつきだした。


自分でも使う。まあ、混ぜものも多いけど死なないからいいと思う。うちの事務所からのはハズレでもちょっと気持ちわるくなるくらいで時間がくればちゃんと効く(外国製ので客が死んで足切りで警察に捕まった売り子がいたって、やっぱフーデリ崩れの男から聞いた)。

夜、売りきって、コンビニの前にチャリ停めて、バッグを降ろしてガードレールにおしり乗っけて、さっき買ったタバコを吸った。しっかり仕事したけど、スマホ二台充電するためだけの部屋に帰るのがめんどい。そしたら、コンビニからさっきの女の子が出てきた。札二枚の。やばい。

なにも反応しちゃだめだ。ただタバコを吸う。知らないやつだ、こっちを見るな、店の防犯カメラはまじで怖い、麻布署も渋谷署も気合い入ってるから悟られたら映像から逃げられない。

こっちに来るな、なんだこの子、

しかたない タバコ捨てて聞く。

「なにか用ですか」

つとめて初めて会ったふうに。演技苦手なんですけど。

コンビニの袋がさごそやってたら、なんか突きだしてきた。電波だこいつ、

「あの、好きなアイスなんですけど」受けとってしまった。

いや、なに、わたしいまのとこヤバくなんかないよね多分これ、

「みっつあるんですけど」もうひとつ出してきた。

「さっき食べたの、ぜんぜんおいしくなくって、別のやつっておもって、買ったら、多くって、で、あなたがそこにいて」

最悪。

「マンゴーと海のソルトフレーバーってSNSとかで話題の新作なんですけど」

はあ? こわい、なんか鼻息荒いよ?

「いっしょに食べませんか?」

なんで

「はげましてくれたから」

はあ? 違法薬物をわたしは

「げんきになりましょうって」

やめてよ、

「スプーンどうぞ」

逃がしてよ、わたしを、

 

ここから

 
「となり、いいですか」

…… うん。はい。もらうね」

「いっしょに食べましょう」

「たべるから」

 

そんで、ふたりで、ガードレールの下に座ってアイスを食べた。いま何時なんだろう。気にせず彼女は自分のむかし話をしてくれた。わたしにもそんな過去があったはずだった。なんてカラフルなんだろう、彼女の過去は。

そんなうれしそうな顔しないでよ。

わたしも思いだそうにも、手が震えだした。禁断症状がはじまってる。汗がとまらない、恥ずかしかった、でも、この子と話していたかった。「ねえ、こんなわたしが言うのもなんだけど」

「え?」

「ほんとにさ、しあわせになろうよ」

「はい。あなたも、だから」

うん、じゃあ、こんどは、あたしの話きいてよ、ぜったい今あたし顔まっしろだよね、わらっちゃうよね、でも、まあ、つまんないはなしかもしんないけど、あたしの学生時代のはなし、とか、上京してきてから、いままでのこと、とか、聞いてくれる?

「うん、きかせて。あたしだってしゃべったんだもん」

取り引きなんかじゃないんだよ。ただ、ただ。

この際この子がたとえ麻布署の婦警だとしてももうどうでもなんでもよかった。あたしはもうこの子にもう捕まっていて、それでよくて、

いや、ちょっと違うな、たぶん。そうだよ。

どうせ捕まるならこの子といっしょがいいな、そう思った、ほんとに。



 
 
 
初稿掲出 2023年6月25日 21:30
最終改訂 2023年6月25日 21:53

小牧幸助 さま、かってに二次作っちゃってすみませんでした。つい調子に乗りました。苦情はいくらでも。


この作品は シロクマ文芸部 のお題「海砂糖」に参加させていただきました。


お読みいただき、ありがとうございました。
©︎かうかう