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『その日から私は』 |# シロクマ文芸部(遅刻済) 短編小説
約1500文字
私の日章旗たる梅干し弁当と思いきや、開けたら何も中央に置かれてなかった。激しく震えた。ふと机に落ちたものを見る。ふりかけの小分けパック。どうして。
目の前に座るパーやんがわたしをのぞきこむ。
「チーちゃん、どーした、青ざめてるよ、どーした?」
お弁当のごはんケースを見せる。父から受け継いだところどころ凹んだアルミの四角いお弁当ケース。保温なんてできない。
「アッ」
パーやんはわかってくれていた。マイメン、パーやん、小3からの深い絆、これからもノートならいくらでも見せてあげるよ。でもしかし、私はこれから、どうしたらいいのかわからない。
「で、でもでも、今日くらいはさ、お母さんも忙しかったんだよ」
忙しいと我が母は梅干しを中央に配置することができなくなるのかパーやん、君がおそらく午後の英語の宿題をなにもやってきていないことぐらい私にはわかっている。
視線を感じる。みんなが私を見ている。
教壇から東ちづる(に似た教師)が私を見ている。お前がカップ麺を啜るのはいい、ただ他人のあなたが私のproblemに触れるな、うちの家庭のことをお前は知っているだろうが、黙ってゴツ盛り焼きそば喰ってろ部外者が。
「365日」
パーやんが自分のセブンイレブンのシャケ弁当から揚げちくわを頬張ろうとしたまま私を見て「あぐ?」と。
「365日、おなじじゃないと」
だめだ、私はまたきっとお昼休みを乗り越えられない。小学校に逆戻りだ。せっかく中学校になって給食から解放されたというのに。
小学校時代、一人で給食のほかに記憶の中の父が食べていた日の丸弁当を毎日持参していた私はいじめられた。男子に。男子は敵、いつか皆殺しにしてやる。具体的に。
「チーちゃん、あの、学校は365日営業じゃないよ?」
パーやんが言ったとたんに涙が私の頬を伝う。
めがねをパーやんがとってくれた。うまく動かなくなりつつあるからだを私は必死に動かして、私は涙を制服のすそで拭く。
「わかっているよ、モノの例えだよ」そう私は言いたかったが、へたくそな発音になっていたのは私にもわかった。
ちがう、ちがうの。
けれど、きっと、泣く私をまたみんなが見ている、ゴミを見るような目で。わたしは両手を握りしめうつむいてしまう。
私は大人になる前に。
わたしの白紙の中央に、それはとつぜん埋め込まれた。
左を見た。木谷だった。男子グループの、幼稚園でもいつも明るかったうっとうしい声のひと。
それはお母さんがいつも買ってきてくれる小梅タイプとは違う、大ぶりでふくよかな形の梅干し。
「箸でごめんな」
聞いたことのない、彼の小さな、低い声だった。
自分のお弁当箱を片手に木谷は席に戻っていく。
なにも考えられなかった。
パーやんが、耳元で囁く。
「食べる?」
待って、あのひと、お箸で、梅干しを。
「大丈夫でしょ?」
頷く。手が少し震えていたけれど、お箸ケースからお箸を出した。
「ひ、ィただひます」
まともな声なんて出ない、それでも。
私は白米をひとくち、わたしのお箸で口に運ぶ。
向こうの男子たちが「よっしゃー」と声をあげた、ビクッとして見てしまった。そのなかで木谷はひとり窓のそとをながめている。
そして私は見た、教壇の東ちづる(仮名)がゴツ盛り焼きそばを食べ終わったか箸をカップの上に一文字に置いて合掌している。
私が小さく咀嚼していたら、パーやんが私のあたまを笑顔で撫でてくれた。
お母さんもこんな顔をしてくれていた時期があった。
わたしは、いまからでも、大人になろう。
そして食べ終わった。なにもかも。
木谷が、教室のとびらから廊下に出ていった。わたしはご馳走様を言うまえに席を立った。
お読みいただき、ありがとうございました。
初稿掲出 2023年7月10日 14:30
©︎かうかう
この作品は #シロクマ文芸部 のお題「 #私の日 」に参加させていただき、たかったのですが、締切日時に間にあいませんでした。次回できたらがんばりたいです。