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社会を信じること


先日、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』を読み終わりましたので、
その感想を書きます。

しかし、今回も前作の『1』と同様に考えたいことがたくさんあってですね。
やっぱり感想を分けて書くことにしました。
今回はその⑥となります。


▼前回の"その⑤"はこちら。


*この先、ネタバレ注意です!




ということで、今回は

社会を信じること

についてです。


作中では、
主人公が住む街のある避難所が、自然災害が発生時にホームレスの人々の受け入れを拒否したことが取り上げられていました。


主人公の男の子は言います。

「避難所にいるほかの人たちとか、そこで働いている人たちは、みんなホームレスの人を受け入れたくないはずだと考えたから、追い返したんじゃないかな。
(中略)
だとしたら、ホームレスを追い返した人は、避難所という社会を信じていない。」
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2 p.145



なるほど。

もちろん避難所の職員の方も、

「"ホームレスだから"命を無駄にしていい」

なんて思っていないはずです。

しかしそこには、

「でも、他の避難者が嫌だと思うだろうな…」

と思って追い返した可能性もありますよね。

これは恐らくその方の善意なのだと思います。


ですが、このように

善意は時としてその社会への信頼の無さとも捉えられる

のです。


「いや、他の避難者の人たちも、出来るだけ多くの人に助かってほしいと思っているはず」

と職員の方が考えることが出来ていたら、結果は変わっていたかもしれません。


でもこういうことって、私たちが所属する社会や組織でも、似たようなことがよくあると思うんです。

「いやー、○○さんはこういうの嫌いだろうな」

「うちのみんなはダメって言うと思いますけどね」

「我々の組織ではきっと良く思われないよ」


その考えは、本当に仲間を、上司を、組織を信頼していますか?


「自分は周りのことをよく理解しているから」
と思っていても、実は周りを信頼していないのはあなたなのかもしれません。


一見周囲が良い思いをしないだろうと思われることがあっても、
「いや、自分の仲間は良い方向に考えてくれる」

「なんとか上手くやってくれる」

と周囲の人間を信じて決断することも大切なんですね。


では、社会を信じるためには何をすべきなのでしょう。我々に出来ることは何でしょう。


皆さんも、考えてみてください。




今回もお読みいただきありがとうございました。

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