私は、自分に嘘がつけない。
ふと見かけた、「DO」ではなく「BE」の自己紹介、というキーワードに刺激を受け、書いてみる。
普段の自己紹介は、名前・居住地・職業、をまずは答えている気がする。
なんとなく、そういうものだと思って。
きっと、私が見ている私と、人から見えている私は違うところもあるのだろうけど、どちらもきっと真実。
だから、あまり深く考えずに、思ったこと書いてみよう。
私は、何者か? どんな人間か?
私は、嘘がつけない。
嘘が良いとか悪いとか、そういうことを言いたいのではなくて。
とにかく嘘がつけない。
人に、というより、自分に、である。
一番象徴的かな、と思うのは、「人を褒める時」かもしれない。
思ったことしか言えないので、お世辞とか煽てるとかが、よくわからない。
(言葉の意味はわかるけど)
私が人を褒める時、100%本心だし、褒めることで何かを得ようという気持ちはない。
「ただ、思ったことを言っただけ」
本当に、ただそれだけなのだ。
だから、「そんなに褒めても、何も出ないよ!」と言われると、きょとんとしてしまう。
煽ててるように誤解を受けそうだな~と思ったら、「思ったことを言っただけだから、褒めたわけじゃない」と、つい言ってしまうほど。
(こういうとこ、不器用で恥ずかしくなる。笑)
私は嘘をつかない、というわけではないと思う。
たとえば、秘密を守るとき。
「知ってる?」「わかる?」と訊かれても、「知らない」「わからない」ととぼける。
秘密を守りたい、人間関係の筋を通したい、という自分の気持ちに嘘がつけないからだ。
但し、そういう時は「知らない」「わからない」としか言わない。
隠すために嘘をついてごまかすのは、好きじゃない。
嘘を重ねるよりは、初めから何も言わないことを選ぶ。
「知らない、わからない(言いたくない)」
「だから、これ以上訊かないで」
という意思表示なのである。
それが必要だと感じた時は、
「知っているけど、知らないと言う」「わかるけど、わからないと言う」
そんな嘘をつくことはある。
こんな嘘がいちばん嫌い。
誰も得をしない、幸せじゃないよね、っていうやつ。
その場しのぎのごまかしや、煽てて調子に乗せる感じや、明らかに騙すためや、嘘に嘘を重ねて崩壊するようなやつ。
嘘をつく本人が得をしているか、幸せかっていうと、全然そうじゃないよね。
もっと、自分を大切にしようよ、って思う。
自分自身はいつだって「それは嘘だ」っていう真実を知っていて、それに追い掛け回されることになるのだから。
自分を大切にできないと、人を大切になんてできるわけがない。
人を大切にできないと、自分を大切にできるわけもない。
人と人との「間」で、「関係性」で生きていくのが「人間」なのだから。
嘘をつくなら、やり方がある。
私は、とにかく嘘をつくのは絶対に良くない、とは思わない。
何か大切なもの・こと・人を守るために、嘘をつくことはあっていいと思う。
ただ、絶対にバレてはいけないし、ひとりで背負う覚悟をしなくてはいけないし、つき通して墓場まで持って行くつもりでないとダメだとは思う。
大げさに聞こえるかもしれないけど、最低限のマナーだと思う。
それができないのなら、やっぱり嘘はつかないほうがいい。
そんな覚悟のもとにつく嘘は、「自分に嘘をつかない」行動だと思うし、本当に大切なものを守ろうとする想いからくるものではないだろうか。
嘘をつかない、という弱さ。
絶対に嘘をつかないことが、誠意なのか?
それもまた、ちょっと違うかな、と思う。
何でもかんでも話して、わかってもらおうとするのは、
「私は、嘘をつかない誠実な人間である」
を貫きたいのだろうし、そう思われたいという気持ちはわからないでもなく、立派な心がけだとも思う。
でも、それは時に弱さであり、甘えでもある。
弱いことも、甘えることも、これまた良い悪いという話ではなくて。
それを自覚しておくべきである、と思うのだ。
わかってほしい、知っておいてほしい。
人は繋がりを求めるから、そんな気持ちはあってもいい。
ただ、放った言葉は取り戻せない。
正直に言うことで、自分は「嘘をつかない人間」という体裁を守れるし、すっきりするかもしれないが、聴かされた相手はどうだろうか?
大切にしたい関係性なら、本当に自分を守りたいなら、「言った後の相手の気持ち」も先に考えるべきだと私は思う。
嘘が、良いとか悪いとかではなくて。
嘘をつくのかつかないのか、その意図は何か。
ただ、それだけのことだ。
私は、自分に嘘がつけない。
自分自身にどこまでも正直である。
それは時に、とても不器用でもあり、そんな自分にうんざりすることもある。
ただ、自分に嘘をつかないし、自分に正直であることを通すためには熟慮するので、「言わなきゃよかった」「やらなきゃよかった」という後悔は、ほぼない。
不器用だけど、時にうんざりするけど。
自分に正直である、ということを、在り方としてとっても大事にしている。