真夏のピークが去った
土曜日の蓋を開けると、雨が降っていた。
昨日のことを思い出そうとすると、
朧げな記憶と頭痛が交互にやってくる。
華の金曜日、誰が作ったかわからない
パワーワードだが、言い得て妙だ。
日本社会に飲まれて、月〜金を
無心で働く。全ては金曜日に楽しむため。
華金という言葉に踊らされているのか、
体に染み付いているのか、
言葉が先か物体が先かどっちかわからない。
金曜日、夕方5時のチャイムが鳴る頃に、
窓の外には赤い空が燻ったように
焼けている。
いつからか、秋の夕焼けと5時のチャイムは
窓越しに見るだけになり、
学生時代にあんなに感傷的だったものが
色褪せて非現実的になった。
時間は戻らないものだと鈍い痛みを感じる。
「明日は恵比寿で飲みだからね!
19時改札集合で!」
前日に大学時代の女友達から
LINEが来て思い出す。
華金を飲んだくれて過ごす日常が
当たり前過ぎて手帳に書き込むのもやめた。
結局仕事が終わらず、来るべき憂鬱な月曜に
全ての残務を託して、山手線に乗った。
改札に着く頃には既に暗くなっていて、
これからもずっと夕焼けの時間に
外に出ることはないのだと悲しくなる。
いつものようにチェーン店のワインバルに
向かう。恵比寿横丁で出会いを探すまでの
前哨戦だ。
好きでもないワインをアヒージョで
流し込むと、条件反射的に
気分が高揚し出した。
過ぎ去った一週間の退屈な日々が遠のいて、
今日という日のこれからだけが
人生なんじゃないかと錯覚する。
意識が少しぼんやりとし始めた21時。
かなこが切り出す。
「よし、そろそろ行こっか」
この掛け声はいつ聞いても、
酔いを2段回くらい覚まさせる。
程良い緊張感で恵比寿横丁を闊歩して、
適当に空いてる席に腰を下ろす。
程なくして、3人組の男に声をかけられ、
話すことになった。
ITコンサル、広告代理店の二人が
ギラギラしてるのに反して、
もう一人はなんか冴えない。
休日の過ごし方、会社の同僚の話、
そんなどうでも良い会話が繰り広げられるのを
ぼんやりと聞く。
次第に夜が深まり、終電を逃した。
なし崩し的に6人でカラオケに6向かう。
真夏のピークが去ったというのに、
モニターに映し出される
オレンジレンジやサザンに
適当な相槌を打った。
気づけば5時。終電が走り出す頃には、
いつの間にかコンサルの男と二人で
消えたかなこと
机に突っ伏して寝てるゆうか。
広告代理店の男はこの期に及んで
他の女の子を探しに行ったのか、
帰ってこない。
冴えない男との間に沈黙が流れる。
痺れを切らしたのか、
不意にデンモクを弄り出した。
この時間にオレンジレンジとか
デジモンのテーマソングは聴きたくないなと
思っていたら、スローテンポのイントロが
流れ出して、気付く。
フジファブリックの若者のすべてだ。
歌に自信がないのだろうか、
マイクを持ったまま動かない。
そのまま、歌が終わる。
また沈黙。
カラオケの終了時間が来て、
ゆうかを起こそうとすると、
男が口を開いた。
「海見たいな」
無口な奴ってほんと何を考えてるのか
わからないけど、何故か共感する自分がいた。
「このまま行っちゃう?笑」
千鳥足のゆうかを改札まで見送り、
男と二人で千葉の海に向かう。
電車の窓越しには霧雨が降っていて、
朝なのに暗い。
館山の駅に着くと、
なにも会話せずに海までの道を歩いた。
人気のない海水浴場。
なに考えてるかわからないサイコな男と
靄がかかる水平線の彼方を見続けて、
こんな華金も悪くないなと思った。
「今度二人でご飯でも食べ行こう」
見ず知らずの男と来週デートする。