見出し画像

田んぼ

 今年の新米がスーパーの売り場に並び、令和米騒動は落ち着いたように見える。長門を含む山口県は米の産地やけど、全国的にみるとそのウェートは低く生産量は下から数えたほうが早い。山口県産****が首都圏の棚に並ばんじゃろ。県内消費か近隣の北部九州、広島に流通するんやて想像する。ここ俵山の米は美味いと言われる。標高は200mに満たないが市街地より寒暖差があり、何より水がええ。すべてとは言わん。赤土が見える等高線に添った田んぼの米は評判がええ。土と水の資質を栽培技術で覆すことは簡単やない。大谷翔平を超えるためのトレーニングを量子コンピューターが計算したところで、フィジカルとメンタルのポテンシャルがベースにあることを忘れちゃいけん。

 コメどころは日本酒も評価されちょる。コメどころと言えば新潟県。現在でも生産量は広大な北海道と双璧を為し酒蔵も銘酒も多い。当県、隣県の広島はコメどころやないけど、銘酒の数だけ見れば錯覚する。左党で獺祭を知らない人はおらんし、五橋、東洋美人の銘柄も挙がる。酒は酒米から作る。杜氏は農地を持つ農家とちゃう。やから山口県はコメどころやないけど銘酒が出来る。萩にいくつかある蔵のうち、岩崎酒造が造る長陽福娘が先代から磨きをかけて輝きを増し、全国新酒鑑評会で金賞を戴冠するようになった。高校を共にした現在の代表、喜一郎氏が萩産の山田錦を銘酒に昇華させた。まったく交流のない同窓生やけど、なんや誇らしい。

 俵山で作る酒米は山田錦とイセヒカリ。山田錦は獺祭を作る旭酒造さん向け。神米と呼ばれるイセヒカリは萩の中村酒造に醸造依頼して「ほれぼれ」となる。数年前まで穀良都(こくりょうみやこ)を栽培し、永山酒造の山猿に使われていたが、いまではこの酒米を作る農家が俵山におらん。積算気温が積みあがらん中山間地で、晩生の米を作るんはえらい。水温が低い春先に田植えをすれば苗が風邪をひく。遅く植えれば稲刈りの10月に猪が入る。直近の10月は少なくなったが怪物台風が稲を倒す。

 わしも米栽培に関わっちょるが、年貢を納めんといけん時代じゃないほに、なんでこんな場所で米を先々代より遡って作り続けるんじゃと思う。毎年、毎春、毎秋思う。70、80歳になっても作る。米を作って儲かる農家はおらんほに。肥料と農薬と機械の維持で赤字。米を食う家族や親戚、知人がおれば作る。

 見えざる意思はある。
「あんたんとこの米はおいしいって云われるんよ」
「受け継いだからつくらんにゃいけん」
「恥ずかしいもんは作れんほいね、人に見られる」
あのヒト(女性)は田んぼに入るんが趣味。そう呼ばれる婦人がたくさんおって、俵山の田んぼはつづいちょる。

 2020年から俵山にIターン移住するものが増えてきた。彼らが田んぼに手を出すことはなかったが、来春、動き始めるかもしれん。わしがUターンで俵山にきて田んぼに関わるように。地域の事情を知るのに10年かかった。

 4,5年前から「スマート」農業のワードが溢れる。田んぼ作業はちいともスマートになっちょらんけど、なんで俵山でコメを作りたいんかってことはスマート思考や。貢ぐから作る、納めるから作る、儲けるために作る。俵山のコメはそのどれでもない。食べるから作る、旨い酒のみたいから作る。次の世代を迎えるために作る。