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死生観について │ エッセイ
9月に祖母が亡くなった。
近親者で誰かが亡くなったのは、小学生の頃の祖父以来だった。
その時は、「死」というものに触れたことがなく、祖父の遺体を見たとき、悲しいという感情より、怖いという感覚の方が強くて、大泣きしたことを覚えている。
祖母が亡くなる前、わたしは入院していた病院へ一度お見舞いに行った。
祖母は呼吸も落ち着いていて、ぐっすり眠っていた。
看護婦さんから、起きていたとしても、目は見えておらず、声掛けをしても返事は帰ってこない、ただ、声は聞こえてはいる、とのことだった。
一緒に病室にいた母は、大きな声で話かけていた。
わたしは、最期かもしれないのに、ずっと話しかけられず、ずっと祖母の姿と心電図を眺めていた。
よく晴れて、まだ暑い9月のことだった。
それから数日後の明け方、祖母は息を引き取った。
久しぶりに触れた「死」。
祖母の肉体が焼かれ、煙になり、骨になった。
この世界から居なくなった。
わたしが、葬儀中に思ったのは、95歳まで生きた祖母への労いより、長生きして、老いて見窄らしくなって死ぬことへの恐怖だった。
目も見えず、声も出せず、ただ寝たきりになり、死を待つだけの状態。
その姿は、到底美しいとは言えない。
生きているとも言い難い。
葬儀の間、お経を聞きながら、一体この儀式に何の意味があるのだろう、お坊さんが話していることに何の意味があるのだろう、墓に入り、年に何度か線香をあげることに何の意味があるのだろう、そんなことばかり考えていた。
居なくなったものは、もう何処にもいない。
魂が何処かに在る、そんなことは、生きている人間の妄想であり、希望であり、縋っているだけに過ぎない。
この世界から居なくなったことは現実なのだ。
そして、他の世界があるのかは、誰も知らないのだ。
全ては、残された人のために作られた盲信なのではないか。
そう思わなければ、失ったものを埋めることが出来ないから、作られたものではないのか。
悲しみも、喪失感も、わたしに齎された。
涙を流しもした。
けれど、わたしの中で、それはそこで終結してしまった。
わたしは、自分の死は、自分で決めたいと思った。
何も出来なくなる前に、自分のタイミングで、自分の最期は決めたいと思ってしまった。
それは、世間的には望まれない死だろう。
決して喜ばれることではないだろう。
正しさも含まれないだろう。
それでも、わたしは自分で決め、出来れば亡骸は誰にも見つからないようにしたいと思った。
看取られるのは、きっと、わたしには似つかわしく無い。
最期の瞬間、わたしは見窄らしい姿を見られたく無い。
別に今すぐではない、ただ、いつか、その時が来たら、今はそういう最期を望んでいる。
わたしは、わたしで居られる間に終えたいと思った。
※思いつく感情のままに書きました。