欲望と欺瞞【前編】
「ったく、今月何回目だよ…」
ルピナスの総支配人室でファブナーは目の前の土下座する男を見ながら呟く。
「なぁ、おっさん。最近アンタと似たようなイカサマする輩が増えてんだが、流行ってるのか、その手口?」
「す、すみません…」
「謝罪はいいから質問に答えろ。流行ってるのか、イカサマするのが」
「…わ、わかりません、ただあのイカサマは人に教えてもらったもので…」
「人に教えてもらった?」
「はい…カジノで楽に勝つ方法を教えやるって…」
「どんな奴だ」
「顔みたいな模様のついた帽子をかぶった金髪の男で…名前は確か…ヘルメスって言ってた気が…」
ーーなるほど、そいつが元凶か
「わかった、これは有益な情報をくれた礼だ、それともう帰っていいぞ」
そう言うとファブナーは男に向かって一枚の紙幣を投げ渡す。
「ほ、本当ですか!ありがとうございま…」
ザシュッ
それは男が顔を上げた一瞬の出来事だった。
ファブナーの投げた紙幣が急激に加速し、男の首を切り落としたのだ。男の首は笑顔を顔に張り付けたまま床にごろんと転がる。
「欲の極み『堕神礼賛』:馘首(かくしゅ)。嘘に決まってんだろ、俺が受けた損害の埋めあわせが情報一個で足りると思ってんのか」
「さて、情報にアンタの命と…残った分はそのヘルメスとやらに清算してもらおうか」
かくしてファブナーによる金と人員を総動員したヘルメスの捜索が始まった。
捜索開始から数週間後
とある路地裏で二人の男が話し合っている。一人はみすぼらしい身なりで少しやつれた男、もう一人はシルクハットをかぶった金髪の男だ。
「あ、あの…ヘルメスさん…本当にこれで勝てるんですよね?」
「もちろんです、私の教えた通りにやれば億万長者も夢じゃありませんよ」
ヘルメスと呼ばれた金髪の男は屈託のない笑顔で答える。その時だった。
「へぇ、ここが最近流行りのイカサマ教室か」
路地裏の入口から声が響く。
ファーコートにギラギラした指輪を着用した男、ファブナーだ。
「ここだと雨漏りが酷いんじゃないか?俺が屋根をつけてやろうか」
突然現れたファブナーにやつれた男は困惑の表情を浮かべる。一方ヘルメスは物珍しそうにファブナーを見つめている。
「どちら様でしょう?見たところお金に困っているようには見えませんが…」
「自己紹介は後だ。とりあえずそこのお前、こっちに来い」
「わ、わたし…ですか?」
「お前以外にいないだろ、さっさと来い」
やつれた男は恐る恐るファブナーに近づく。
「やっと来たか、待たせやがって」
そう言うとファブナーは突然男に札束を押し付ける。
「未遂ってことで今回だけは見逃してやる、それを持ってとっとと失せろ」
「こ、こんな大金…あ、ありがとうございます!」
男は札束を抱え、深々と頭を下げる。
「あぁ、それと」
ファブナーは走り去ろうとする男を一度呼び止める。
「もし教わったイカサマを実践したらその金は十倍にして払わせるし、死ぬよりも辛い目に合わせてやる。よく覚えとけ」
「ヒッ…わ、わかりました…!」
ファブナーの脅しに男は涙目になりながら走り去る。
「さて、これで二人だけになったな、ヘルメス」
「おや、私の名前をご存じとは…さては私のファンですね?サインをあげましょうか?」
「誰がそんなもんいるかよ、紙とペンの無駄だ」
おどけるヘルメスに対し、ファブナーはため息をつきながら答える。
「俺はファブナー、娯楽都市ルピナスの総支配人だ。最近うちでお前に教わったって奴がイカサマしてな、その責任を取ってもらいに来た」
「あぁ、そういうことですか…ということはイカサマはバレてしまったというわけですね…」
「当たり前だ、うちのセキュリティ嘗めんな。素人のイカサマなんてすぐにわかる」
「おー、それは凄い!ぜひともそのセキュリティ、見学させていただきたい!」
「はぁ?お前みたいな奴に見せるわけねぇだろ…」
ーーいったい何なんだこいつは…
この会話の間、ファブナーは常人であれば恐怖で動けなくなるほどの波動を発し続けていた。それにも関わらず飄々とした態度を崩さないヘルメスに、ファブナーはなんとも言えない不気味さを感じ始めていた。
「…無駄話が過ぎたな、そろそろ清算の話に移るぞ」
「それもそうですね、タイム・イズ・マネーですもんね。それで、いくら払えばいいんですか?」
ヘルメスは相変わらず笑顔のままファブナーに問いかける。
「そうだな…お前の命、ってとこだな」
「ほぉ、それはつまり…?」
「この場で殺すって言ってんだ、お前のやったことは賠償金や労働程度じゃもう補償できねぇ、死をもって償うしかない」
「…クフッ、クフフッ、クハハハハハハハハハハッ!」
ファブナーによる実質的な死刑宣告に、ヘルメスは突然大声で笑い始める。
「いや、失礼。そんな滑稽なセリフを聞いたのは初めてなもので」
「…何が言いたい?」
「あなたごときに私は殺せない」
その刹那、ファブナーは強く地面を蹴りヘルメスとの距離を一気に詰める。
「…もういい、黙れ」
その勢いのまま、ファブナーは右ストレートをくり出す。しかし、ヘルメスは拳の速度に合わせて後ろに飛ぶ。
「クフフッほら、どこを狙って…」
バキッ!
かわしたはずの拳がヘルメスの顔を撃ち抜き、ヘルメスは数メートル先へと吹き飛ぶ。
「…欲望は力だ」
ファブナーが拳を開くとそこから鉛色の塊がドロリと地面に落ちる。
「悪いな、殺す前にその顔面一発ぶん殴りたくなった」
「…ク、クフフ、クフフフフ…」
ヘルメスはよろけながら立ち上がる。
「これは驚きました…殴られたのなんて…いつぶりでしょうか…」
鼻や口からは血が流れている、それにも関わらずヘルメスは幸福そうな笑みを浮かべる。
「…でもやはりあなたに私は殺せない…だって…」
「黙れって言ってんだ、おしゃべりクソ野郎」
ファブナーは再び距離を詰め、拳を振りかざす。
「…だって私はあなたより強いですから」
その言葉と共にヘルメスの体から波動が流れ出る。
「…ッ!!」
その波動を感じたファブナーは後ろへ飛んでヘルメスと距離をとる。
ーーなんだこの波動…まるで虫が全身を這い回ってるみてぇだ…
「…お見せしましょう…私の極み…」
ヘルメスは両手を大きく広げ極みの名を口にする。
「嘘の極み…『偽りだらけの理想郷(フェイク・パラダイス)』…」
警戒するファブナーに対し、ヘルメスはこれまでとは違う悪意に満ちた笑みを見せる。
「さぁ、イッツ・ショータイム…!」
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