スペシャルイベント『人間ばんえい』【債務者が非人道的なゲームをやらされる雰囲気】

ここは娯楽都市ルピナス、賭博の街。
山ほど人間がやってきては身の丈に合わない勝負を挑んで破産していく。
そして巨額の借金を負った敗者たちは労働施設で奴隷のようにこき使われる。

ちょうど、今の俺みたいに

半年前くらいに俺はこの労働施設に堕ちてきた。ろくに努力もせず、一攫千金なんて夢見たツケが回ってきたんだ。

堕ちてきた俺はまず衣服と名前を奪われた。代わりに至急されたのが薄汚れた作業着と“管理番号”だった。
『B-032』、それが俺の今の名前で、もとの名前なんて半分忘れかけている。
このまま後何十年と身と心をすり減らしながら働き続ける、我ながらゴミみたいな人生だったな…


「今から呼ぶ債務者は我々について来い」

一日の労働の後、突然やって来た黒服の男たちがリストらしきものを見ながら債務者の管理番号を読み上げていく。

ーー何だ?今まではこんなこと無かったのに…

「B-032!」

「………え、俺?」

「どうした?早く出て来い、B-032!」

「は、はい!」

俺は訳もわからぬまま、黒服の後について行く、呼ばれたのは俺を含めて10人、体格も年齢もバラバラだ。
薄暗い通路をしばらく歩いていった先で、俺たちは広くて何もない部屋へと通された。

「ここでしばらく待機だ、待っている間に全員これを食べろ」

そう言うと黒服たちは俺たち一人一人に何かを配り始めた。
カラフルな包み紙で包まれた丸い物体、開いてみると中身はチョコレートだった。俺はそれを口に運ぶ。

ーーうめぇ、チョコなんて久しぶりに食った…

労働施設ではまず口にできない甘味に、俺は思わず感動した。その時だった。

ーーあれ…何だか急に…眠く……

猛烈な睡魔に襲われた俺はその場に倒れこむ。
どうやら、他の債務者も同様のようだ。

「…よし、早く運ぶぞ。レースに遅れてしまう」

朦朧とした意識の中で、かろうじて聞き取れた黒服のその言葉を最後に、俺の意識は完全に途切れた。


どれくらい眠っていたのだろうか、目を覚ました俺の前には異様な光景が広がっていた。
細長い砂地の地面にコース分けのように引かれたライン、左右両脇は壁になっていてその上から大勢の人間が俺たちを見下ろしている。

「どこだ…ここ…?」

カシャンッ

首をかこうとしたところで初めて、自分の両手が体の後ろでソリのような物体と鎖で繋がれていること、自分が「8」と書かれたゼッケンを着せられていることに気がついた。

「なぁ、おい、ここどこなんだよぉ」

俺と一緒に連れてこられた連中も徐々に目を覚まし、口々に困惑の声をあげる。

「ったく、ようやく起きたか…いつまで寝てんだ競走馬ども!」

マイクを通して聞こえる大音響に俺たちの困惑はいっそう大きくなる。

「…競走馬?」

だが、声の主は俺たちに構うことなく言葉を続ける。

「会場にお越しの野郎共!待たせたな!今日のスペシャルイベント!債務者10人による『人間ばんえい』の開幕だぁ!」

その声と共にあたりは拍手と歓声に包まれる。

「ルールは馬鹿でも分かる簡単なもの!とにかく一番早く200m先のゴールにたどり着いた奴が勝利!10億の賞金を獲得だ!」

「じゅっ、10億!?」

そんな大金が手に入れば借金を完済してもかなりのお釣りがくる。

「ちなみに、競走馬どもが繋がれてるソリは60kg、レースの進行の都合上、コースに障害物は設置されていない!」

突然連れてこられた俺たちの感情は困惑から興奮へと変わっていた。

「1位になれば10億!」

「借金返して自由に暮らせる!」

「さて、説明は以上!早速レーススタートだ!」

説明の終了と共にスタートシグナルの音が鳴り響いた。

「よっしゃぁ!10億は俺のもんだぁ!」

俺たちは我先にと飛び出す。60kgのソリはかなりの負担だが、幸い毎日強制労働させられていたために体力と力には自信がある。

「さぁ、競走馬どもが一斉に飛び出したぞ!一位になるのは一体誰か!ほら、てめぇらも賭けた賭けた!」

「2番に30万だ!」

「6番に50万!」

壁の上ではレースの結果をめぐって大金が飛び交っているようだ。
だが今はそんなことどうでもいい、とにかくレースで勝つことだけを考えないと。
こうしてレースに集中している俺は、いや、おそらくレースに出ている債務者全員が、観客の一人が発した恐ろしい一言を聞き逃した。


「全員死亡に30万だ」


レースが始まってだいたい20分くらい経っただろうか、俺はだいたい三分の一を過ぎたくらいのところまでたどり着いた。今の順位は10人中4位、1位になるにはもっとペースをあげないといけない。

「へへへっ、賞金は俺がいただきだな!」

現在の1位は「2番」のゼッケンを着た少し大柄な男。一人でもうコースの半分まできている。

「おっとぉ!順調な走りを見せる2番が100m地点に一番乗りだぁ!」

実況役の声が響いたのとほぼ同じタイミングで、俺たち全員の足が止まった。

「あ?なんだこれ…?引っ張られてる…」

これまでレースに夢中過ぎて見落としていたが、俺たちが繋がれているソリの後ろからスタート地点の方へと鎖がのびている。その鎖を通じてソリが後ろへと引かれているのだ。

「そうそう、言い忘れてたがこの人間ばんえいでは、誰か一人がコースの半分に到達したタイミングで全員のソリに繋がってる鎖が巻き取られ始める。頑張ってる奴だけ負担が増えるのはかわいそうだもんな」

「はぁ!?そんなの聞いてねぇぞ!」

「だから言い忘れてたって言ったじゃねぇかよ。それより競走馬ども、後ろを見てみろ」

実況役の声に、振り向いた俺たちは皆絶句した。
スタート地点の少し後ろにあった壁が無くなっており、代わりに巨大な粉砕機が轟々と回転している。そして恐ろしいことに、鎖は粉砕機の中へと俺たちを引っ張っていた。

「力負けして鎖が巻き取られきれば、お前らは馬刺ならぬ人刺ってわけだ」

「ふ、ふざけんな!何で俺たちがこんな目に合わなきゃいけねぇんだよ!」

「そうだそうだ!人の命をなんだと思ってやがる!」

「うるせぇぞゴミクズども!!」

実況役の怒号に俺たちは思わず黙る。

「普通の人間が死ぬ気で働いてようやく稼げる大金を、たった一回命懸けるだけで手に入るんだ。こんな簡単なことねぇだろ?」

「死にたくなけりゃ必死で走れ、こうやって無駄話してる間にもてめぇらは確実に死に近づいてるぞ」

その言葉でようやく俺たちは足を動かし始めた。

ーーくそっ、くそっ、くそっ!こんな所で死んでたまるか!

鎖を巻き取る力はそこまで強くはないが、じわじわと体力を削っていく。俺を含めた全員のペースが確実に落ちてきている。それどころか、体力が尽きて引きずられ始める奴も出てきた。

「現在最下位の9番!粉砕機はもう間近だがここから巻き返せるのか!」

メキメキと金属を粉砕する音が響く、どうやら最下位の奴のソリが巻き込まれ始めたらしい。

「い、いやだ!死にたくない死にたくない!」

命乞いの声が聞こえるが、誰も助けに向かおうとはしない。当然だ、そんなことをする余裕など俺たちには残っていない。

「ーーーーーーーー!!!!」

その瞬間、言葉では表せないような咆哮が俺たちの耳をつんざいた。
その咆哮に俺は愚かにも後ろを見てしまった。

9番のゼッケンを着た債務者が激しい血しぶきをあげながら粉砕機に飲み込まれていく。10秒も経たぬうちにそいつは血だまりだけを残して消え失せた。

「ここで9番が脱落!残るは9人だ!」

「いいぞ!もっとやれ!」

「ふざけんな!金返せこの役立たず!」

10番の死に様に歓喜する者に賭けに負けて憤る者、壁の上は大盛り上がりだ。

ーー人が死んだってのに、あいつらイカれてやがる…

その後も力尽きた者たちが一人、また一人と粉砕機へ飲み込まれていく。10人いた債務者も気づけば残り半分だ。

「さぁさぁ、残るは5人!次に死ぬのは一体どいつだ?」

ゴールまではまだ後半分ほどもある、俺の体力も残りあとわずかという非常にまずい状況だ。
希望があるとすれば現在1位の「2番」ゼッケンの男だ。巻き取りが始まってペースこそ落ちているが、ゴールまではあと50mちょっとのところまで進めている。あの男がゴールすればレースが終了して俺は助かるかもしれない。

「ここで競走馬どもに大切なお知らせだ」

必死でソリを引く俺たちを嘲るように実況役の声が響く。

「このレースは1位でゴールした奴しか助からない。残りは全員粉砕機だ」

俺の抱いていたわずかな希望は、この瞬間塵となった。生き残るには勝つしかないんだ。

「さぁ、いよいよレースも終盤戦だ!極限状態の人間が見せる究極のエンタメショー!てめぇら!最後まで見逃すんじゃねぇぞ!」

実況役の煽りに、壁の上はこれまで以上の盛り上がりを見せている。

ーーこのままじゃヤバい…!何か逆転の手はないのか…!

体力が尽きかけている俺の体はついに引きずられ始めた。

ーー考えろ!考えろ!ここから1位になる方法を!

「2番」はゴール寸前、自分は満身創痍、誰が見ても絶望的だ。

「ちくしょう…このソリさえ無ければ…!」

ーー……ソリさえ無ければ………?

その瞬間、俺はルール説明時の実況役の言葉を思い出した。

とにかく一番早く・・・・・・・・200m先のゴールにたどり着いた奴が勝利!」

ーーそれだ!

生き残るために、俺は覚悟を決めた。

「おおっと!これはどういうことだ?8番が自ら粉砕機へ向けて後退し始めたぞ!」

「はぁ?おいおい、アイツなにやってんだ?」

「諦めて自殺する気じゃねぇか?」

鎖を巻き取る力に逆らうことなく、俺は粉砕機のすぐ手前までやってきた。
足元は他の債務者の血肉で真っ赤に染まっている。

「さぁ、自殺行為にでた8番が今粉砕機に飲み込まれようとしている!」

実況役の声と共に、観客の視線が俺に集まっているのが分かる。大方、俺がミンチになるのを期待しているのだろう。

「悪いな、お前らの期待に応えるつもりはねぇ」

メキメキと音を立てながらソリが飲み込まれている、いよいよだ。

「ーーー!!!」

ソリを噛み砕く音が止んだと同時に両手に激痛が走る。ついに俺の体が飲み込まれ始めたのだ。
グチャグチャと肉を潰す音と共に俺の体は腕の先から少しずつ無くなっていく。

ーー…今だ……!!

俺は体中の力を振り絞って両腕を前へと引っ張った。

ブチィッ!!!

両方の手首が千切れ、俺の体は前へと倒れこむ。

「なんと!8番が両手を犠牲にソリから解放された!こんな展開誰が予想できただろうか!」

ソリが無くなれば後は簡単だ。
俺は何とか立ち上がり、ゴールへ向かって走り出した。
両手からは血が止まらない、激痛で目がチカチカするし体はふらつく。それでも俺は死にものぐるいで走った。
俺はこれまでの人生、何も成さなかった。努力から逃げ、現実からも目を背け、たどり着いた先があの奴隷生活だ。
俺は今度こそやり直すんだ、ゴミみたいな人生を抜け出して、新しい人生をつかみとるんだ!

ーーあと5m…4…3……2……1…………


「レース終了!優勝者はーーー」


気がつくと、俺は病室のような場所に寝かされていた。どうやら気を失っていたらしい。

「やっと起きたか、気分はどうだ? 優勝馬」

ベッドのそばに座っていたのは見知らぬ女。
だが、その声と口調からさっきのレースの実況役であることがわかる。

「…俺が優勝したのか?」

「だから今もこうして会話できてんだろうが。賞金はてめぇのもんだ、おめでとさん」

「…なぁ、一つ聞いていいか?」

「あ、なんだ?」

「…何で俺たちがあのレースに参加させられたんだ」

「特に理由なんてねぇよ、あのレースは増えすぎだ債務者を減らすために定期的に行われてんだ。出場者はランダムに選ばれるからてめぇがついてなかったってだけだ」

「…そうか」

「にしても驚いたぜ、両手ちぎってゴールしたのなんててめぇが初めてだ。客も盛り上がってたし、総支配人も満足そうだったぜ」

「………イカれてるな、あんたら」

「そりゃお互い様だろ?ま、これで自由の身だ。金もあんだし好きに生きろ」

女は立ち上がり、部屋の入口へ向かって歩き出す。

「あ、そうだ」

部屋を出ようとした女が不意に立ち止まり、こちらへと振り向く。

「仕事だから一応言っとかねぇとな、『またのお越しをお待ちしております』じゃぁな」

女はそう言うと、部屋を出ていった。

「……二度と来るかよ」

これから俺はまっとうな人生を送るんだ。
両手が無いことで不便も多いだろうが、なんとかなるだろう。

俺はまだ生きているのだから。

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