灰色と閃光【カイナ外伝】
僕の目にはこの世界が灰色に見えていた。
僕の故郷は長年紛争の絶えない地域だった。毎日のように銃声や怒号が響きわたり、目の前で親を含めた多くの人間が死んでいった。
戦闘員たちによる略奪や陵辱も行われ、そこはまさしくこの世の地獄であった。
その地獄に長くいすぎた代償だろうか、僕は次第に何も感じなくなっていった。
死んだ家族の体が蝿に食い荒らされるのを見たときも、戦闘員を名乗る男に殴られ、体を弄ばれた時も、涙の一滴すら流れなかった。
この色の無い地獄でただ枯れるように死を迎える、それが僕の人生だと思っていた。
あの日までは
「おい、そこのお前」
道のわきでうずくまる僕に突然声がかけられる。また戦闘員だろうか、そう思い顔を上げると、この紛争地域には似ても似つかぬ男が立っていた。ファーのついたコートに指輪を着用したいかにも金持ちといった風貌の男だ。
「お前、名前は?」
「………カイナ」
「カイナか。それで、お前家は?」
「……無い」
「それじゃ家族は?」
「……いない」
「他に財産と呼べるものは?」
「…あるわけないだろ」
「そうか。お前、なんにも無いんだな。」
男は嘲るようにそういった。
「そうだよ。僕には何もない。空っぽのまま死んでいく、なんの価値もない存在だ。」
それを聞いた男は、しばらくの間興味深そうに僕のことを眺めていた。
「いいね、気に入った。俺と一緒に来い。」
突然言い放たれたその言葉を僕はすぐには理解できなかった。
「……は? どういう意味?」
「そのままの意味だよ。俺は今ビジネスパートナーを探しててな、お前はまさしく俺の求める人材なんだよ。」
「何も持ってない僕が?」
「それがいいんだよ、空っぽの人間はそこから何者にでもなれる。いわばダイヤの原石だ。」
男の顔は恍惚としている。
「ほら、早く一緒に来ると言え。俺はお前が欲しくてたまらないんだよ」
やっぱりこの男の真意がわからない。
こんな地獄のふちで死にかけている僕がダイヤの原石だなんて、そんなはずがない。
でももし、本当に自分にそれだけの価値があるとしたら…この地獄の外で別の人生を歩めるとしたら…
灰色の世界がかすかに色づいたような気がした。
その時だった。
「おい、そこの派手ななりした男!」
突然武装した三人組の男が現れた。格好からみるに戦闘員だ。
「何の用だ?俺は今優秀な人材のスカウトで忙しいんだが」
それを聞いた戦闘員たちは声をあげて笑う。
「スカウトだぁ?だとしたらあんたは相当見る目が無いんだな!」
「そんな死に損ないのガキに一体何ができるってんだよ!」
そうだ、僕は何を期待してるんだろう。
何も持たず、ただ死を待つだけの惨めな僕にそんな価値あるわけないのに。
色づきかけた僕の世界は再び深い灰色へと堕ちていった。
「金目のものを置いてさっさと失せな」
「スカウトとやらは他の場所でやるんだな!」
そう言って戦闘員たちは銃を構える。
「金目のものねぇ…あいにく今はこれしか持ち合わせてないんだが…」
そう言うと男は懐から人の拳ほどの大きさの宝石を取り出した。そのあまりの大きさに戦闘員たちも思わず銃を下ろしどよめく。
「な、なんてでけぇ宝石だよ…」
「あんなの見たことねぇよ…」
「よ、よぉし、それでいい。それを置いてさっさと帰んな」
「なんだ、こんな石ころでいいのか。だったらくれてやるよ、しっかり受け取りな」
その瞬間男は大きく振りかぶり、宝石を三人組の中央にいた戦闘員の顔めがけて投げつけた。
バチュッ!
鈍い音とともに戦闘員の顔に穴が空き、その場に倒れる。
「へ…? 死んでる…?」
戦闘員たちは突然の出来事に呆気にとられている。そんな中、男だけはケラケラと笑っている。
「おいおい、だからしっかり受けとれって言ったじゃねぇか」
「て、テメェ!」
戦闘員たちは再び銃を構えるが、その引き金を引くよりも早く男は二人の懐に入りこんでいた。
「遅ぇんだよマヌケ」
そのまま右の拳で片方の戦闘員の腹を撃ち抜く。撃ち抜かれた戦闘員は数メートル先まで吹き飛んで地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「ウ、ウワァァァ!!」
残った戦闘員は腰を抜かす。
「さて、見る目がどうのって話だったな、」
男は戦闘員を見下ろしながら言葉を続ける。
「一目見て“勝てない相手”だと悟れないお前らは相当見る目が無いんだな」
そう言うと片手で戦闘員の頭を掴んで持ち上げる。
「ま、待ってくれ! 頼む、い、命だけは…!」
「そう喚くな、すぐに『生きたい』とも思わなくなる。」
男は手を離し、戦闘員の体は地面に落ちる。その後、何を思ったのだろうか、戦闘員は銃で自分の頭を撃ち抜いて死んだ。
「いやぁ、待たせて悪かったな。じゃあ、続きといこうか」
男は何事もなかったかのようにまた僕に向かって話しかけてくる。
「あんた…何者なんだよ…?」
「ん?俺か?」
男はそこで自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「俺はファブナー。この世界の王になる男だ」
「この世界の…王?」
「そうだ、俺はこの世界をまるごと手に入れる」
「…本気で言ってる?」
「当たり前だろ。俺は欲望に嘘はつかない」
…馬鹿げてる、そう思った。でも自信満々に言い放つ彼の姿は灰色の世界の中で輝いて見えた。
「いいなぁ…」
思わず口から言葉がこぼれる。
「…は?」
「僕は夢とか持ったことないから、そうやって堂々と宣言できるのが羨ましい。」
それを聞いたファブナーは少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐにまた笑みを浮かべる。
「だったらなおのこと俺と一緒に来い。夢とやらを見つける手助けをしてやる。」
「…いいの?」
「もちろんだ、その代わりお前も俺の欲望を叶える手助けをしろ。お前には間違いなくそれだけの力と価値がある。」
その言葉は鮮やかな光となって僕の世界を包みこんだ。その時、胸の奥が熱くなったのを今でも覚えている。
「ついて行きたい、いや、ついて行かせてください…!」
「交渉成立だな」
彼は満足そうな顔をして手を差し出す。僕はその手を両手で握り立ち上がった。
ここからようやく僕の人生が始まるんだ、僕はそう思った。
あれから約10年が経過した。
「ファブナー様、各国のテロリストとその拠点をリストにまとめました。」
「あぁ、ご苦労」
ここは娯楽都市ルピナス。ファブナー様が世界の王になるために築き上げた人工の島だ。
僕はファブナー様の秘書に加え、この島の治安を維持する組織“BLACK JUNKET”の隊長を任せられた。
「期待通りの出来だ。やっぱり俺の目に狂いはなかったよ」
「身に余るお言葉ありがとうございます。」
ファブナー様のお役に立てることが今の僕にとっての何よりの喜びだ。
「では、街の巡回に戻ります。」
そう言って部屋を出る。
部屋の外ではBLACK JUNKETの隊員が待機していた。
「カイナ様、街南部の酒場から通報がありました。酔った客が暴れて手に負えないとのことです。」
「周囲に隊員は?」
「すでに向かわせてありますが、少々手こずっているようです。」
「わかった。僕もすぐに向かおう」
隊員たちと別れ、急いで現場へと向かう。
「…僕がこの街を守る」
『ファブナー様の欲望を叶える』それが僕に初めてできた夢であるから。