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幼少期の話④ ただの泣き虫

みなさんどうも、うつろです。
今回は私の幼少期を大きく形作った性格についてのお話です。
ちっちゃな頃から泣き虫で、15でやっと治りました。(実話です)
そんな私の号泣エピソードを、オムニバス形式でご紹介。

勉強も遊びも無関係

私の泣き虫エピソードは多岐に渡ります。おそらく自分の中で決めた基準に到達していないと悔しさでいっぱいになる完璧主義者だったのだと思います。平気で2本投稿を破ってヘラヘラしている今からは考えようもありませんね。

まずは勉強。小さい頃から勉強はできる方だっただけに、間違えると自分を責めて度々泣いていました。小学生のころは基本、満点でなかったら半ベソになっていたような気がします。85点を取ったときは大号泣。家に帰って親に見せてからも泣いていたと記憶しています。
この癖は中学生になっても続きます。中学始まって最初の試験では、数学で不本意なミスをしてしまったので泣きました。点数はというと、90点。決して低くない、むしろ高い方です。ベソをかく私を見て、「そんな点数取ったら別の意味で泣くよ」といなされていたのは今でも懐かしいものです。

遊びでも泣きまくっていました。特に顕著だったのがドッジボール。
私はボールをとったり投げたりするのがあまり得意ではなかったので、ひたすらに避けまくっていました。そのくせ当てられると目がうるうるしてくる。言葉を選ばず言うなら面倒な役立たずです。機嫌を取るためにわざと標的から外してくれる人もいましたが、今考えると申し訳ないものです。

うまく書けない…

幼少期の私は字をきれいに書くことに謎の執着があったようです。悔し泣きというよりは癇癪を起こす感じで、大粒の涙を流していました。

小学生のとき、自分の好きな漢字を1つ選んで書く習字の授業がありました。私は「心」を選んで書き始めましたが、意外とバランスが取りにくく、思い通りの形にならず途中で泣き始めてしまいました。周りに励まされながらもぼやけた視界で筆を動かす私。最終的にはこぼした涙が墨にかかって滲んだものを提出しました。ある意味芸術的なのかもしれませんね。

中学生の時は漢字練習ノートで大号泣。見本通りに書けないと発狂して泣き出し、時には壁や頭を叩いて退行する癖がありました。今だから言えますが、正気の沙汰ではないです。家族はどう思っていたんでしょうかね。聞きに行くのも怖いです。

忘れたくない思い

そのほかにも泣きにつながる刺激はいくらでもありました。たとえば消しゴムを失くしたときは、なぜ失くしたのかと怒られるんじゃないか、自腹で買えと言われるんじゃないか、とかの被害妄想で泣いていました。ただ、ものを大切にするという観点から見れば褒められたものかもしれません。
今の私は自由に使えるお金も格段に増え、少々無駄遣いしたり物を失くしたりしてもあまり気にしていません。あの頃のお金を大事にする気持ちも、少しは持ち合わせたほうがいいのかも。


こんな私でしたが、高1のいつからか急に泣かなくなった、いや泣けなくなってしまい、今に至ります。何が自分を変えたのかについては、少し思うところがあるので近々話そうかと思います。

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