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適応機制を知る

今日は午前中からとある食品メーカーのインターンシップに向けての面接がありました。面接官1人に対して学生は3人おり、質問を回していくというスタイルです。

面接の内容についてあまり具体的なことを書くのは憚られるのでざっくりと説明すると、志望業界や志望職種のこと、それからなぜ「その会社の」インターンに行きたいのか、などを聞かれました。他2人は事前に準備していたようで、すらすらと言葉が出てきていましたが、僕は全くと言っていいほど練習もなく、伝えるための語彙もないのでその場しのぎで終わらせました。おそらく面接官からの追加質問があったほうが心象はいいという判断になるのでしょうが (ぶっちゃけ詳しいところはよく知りませんが)、僕へはほとんど追加質問は振られません。あー、落ちたな、と落胆するしかなく、研究室へ足を運ぶのが億劫になって昼からの出勤になりました。


自分の机についてもやる気は出てきません。眠気と疲労が相まって何もやる気の湧かないその時、僕の中で何かのスイッチが押された感覚がありました。まずは研究室のメンバーと話をして少しでも嫌な気持ちを忘却します。いわゆる「逃避」です。これによって多少気分が落ちついた僕は、明日以降の実験の準備を無事進めることができました。

精神の状態をある程度保ったまま、そろそろ帰ろうかという時間になった時、研究室の情報共有が行われているSlackにメッセージが送られてきました。それは今季の集中講義の時間割で、事前に配られていたシラバスに具体的な日程が書いていなかったものが確定したという旨のもの。日時を見ると、午前中に受けた面接で受かった時に行けるインターンの日程と、モロかぶっていました。

それを見て、思うことができたんです。
「ま、授業取らないといけないし、落ちててもいいか」
いわゆる「合理化」によって、僕は心の平穏を取り戻しました。
もちろん合格・不合格に関してはまだわかりません。もし万が一受かっていたら今週中の履修登録変更で当該授業の履修を取り消ししようかと思っています。


家に帰って今日のことを振り返ってみて初めて、自分の行動や考え方が適応機制に基づくものだったことを認識しました。高校の保体の授業でいい加減に習っていただけでしたが、当事者になってみると予想以上に腑に落ちることが多くてびっくりもしました。

ちなみに適応機制には、他にもいろいろな種類があるようです。

僕は今回、合理化と逃避によって困難を克服しましたが、「昇華」で克服してみるのが夢ですね (実際に悩んでいる人がいるかもしれない中でこんなこと言うのは烏滸がましいですが)。そういえば音楽ユニット「ヨルシカ」で作曲担当をされているn-bunaさんは、自身の心がすり減った時にしか曲が書けないと明言されているそうです。適応機制としての昇華の産物が、私たちの元に届く作品になっているのでしょうか。

最近知って好きになった曲を貼っときます。それでは。


あなたの力で、僕が何かをなすかもしれません