【9日目】水色の夜にて
─執筆者 國井─
今夜僕は、もう1つのアカウントの投稿をすべて消した。僕専用の論壇として、好きなように思いの丈を書き殴ってきたアカウントだ。
深夜、小さな水色の照明だけを点けて、好きな音楽を流して、自分に酔いながら投稿を見返していたら、急に全ての内容が陳腐に見えた。その後になんとも言えない癇癪がこみあげてきて、勢いに任せて消したのだ。
今となってずいぶんと後悔している。大学2年生の春、Twitterとは異なる意見の発信場所を求めて始めたアカウントだ。書いたことはいずれも、心から湧き上がってきた叫びであったし、少なからずそれを見てくれている人がいることは喜びであった。
だけれども今夜、そのどれもがくだらない自己満足に思えて、それがなんとも言い表せぬ気持ち悪さを伴っていた。熱を上げて何かを書こうと、書ききれず、表現しきれず、伝わりきらない。そのことに対する絶望のようにも思う。
せいぜい僕にできるのは、それでもなお、なるべく丁寧に書いてみることだけだ。残り1つとなったアカウントで、稚拙な文章だけれど、時間をかけて、丁寧に書く。だから君たちも、時間をかけて読んでくれたら幸いだ。
一度広がった議論をまとめる。今、私たちは、交換日記における連続性の必要性の有無を話をしていたはずだ。この点について、異論はないと思う。
僕の手元に2度目の交換日記が巡ってきた時、僕は、ドラッグストアの話と、脱糞の話が、前回の投稿に対して応答を欠いていること、また、次の担当としても応答しづらい話であることを指摘した。僕の批判は以下の二つにまとめることができる。
・それぞれが前回の執筆者への応答をないがしろにしていること。
・執筆の内容が単体で完結しており応答しづらく、また、応答することで盛り上がりを期待できないこと。
(上記の批判についてはBBも、指摘のタイミング以外においては首肯していたと記憶している)
Takaさんは、4日目に非連続性にこそ交換日記の意義があると投稿してくれた。これは尊重すべき意見だ。だが8日目の投稿では、これまでの投稿だって連続性を重視していたのにも関わらず、それを僕がだめだ、だめだと跳ね返し続けていたのだ、と話してくれた。意見が変わったのかもしれないし、その2つが矛盾していないのかもしれない。ただ一つ分かったことは、つまり、僕たちの方針にそもそも大きな隔たりは存在しなかったということだ。
だとしたら、僕が4日目に投稿した批判自体が検討違いだったということになる。君たちは2日目も3日目も、連続性を重視していたのに、それを僕が「展開するようなテーマではない」と切り捨ててしまっていたのなら、非常に申し訳なかった。僕には、ウェルシアの話と脱糞の話に満足のいく返事を書けるほどの文才がなかったのだ。とはいえ、それらの話を切り上げて自分の話を始めるのは不誠実であるし、連続性を失うことで交換日記の意義も損なうと思った。その結果、君たちの投稿に応答しながら、かつ連続性のある返事を書くには、あの批判以外にはありえなかったのだ。
まず、君たちが投稿した頓珍漢なドラッグストア店員の話も、うんこを漏らしてしまった話も、リアクションに困る。せいぜい「そういうこともあるよね」程度のことは言えるとして、それを改めて交換日記で僕なりに広げていく理由も面白さもないとは思わないかい? だからと言って、関係のない話をいきなりぶつけるのは少し野蛮な気もする。自分の書きたいことだけ書いていたら、君たちとの会話という視点を失ってしまう。そう考えると、実は僕が書けるテーマがだいぶ少ないんじゃないかということがわかる。
(4日目から)
僕は批判ばかりで提案をしないとの指摘もいただいた。僕は毎回の投稿で批判をすると同時に、方針を示していたつもりでいた。僕の提案とはちょうど、今僕たちが展開しているようなものを指している。これまでは「応答」という言葉に意味を託しすぎていたために、伝わっていなかったのかもしれない。つまり、僕は、今みたいな交換日記が楽しいし、実際、君たちの交換日記に対する考えはどれも興味深く読んでいたのだ。
改めて初日につづった思いを見返してほしい。
交換ノートの時間的な余裕は僕たちに文章を反芻する余地を与える。この丁寧に使われる時間は自己反省へと繋がって、そこから紡がれたメッセージからは、僕はいつも見落としていた君たちの側面を垣間見ることができるかもしれない。つまり、執筆の作業を通じて僕に、そして公開を通じて君たちに、いつもと違うメッセージが届く。
(1日目から)
僕の投稿をその日のうちに返事してくれたTakaさんだってきっと、これまでのやり取りを通じて、書かずにはいられない思いが湧き上がってきたのだろう。それだけ、君たちの投稿には体重が乗っている。そんな交換日記を交わすことが、ウェルシアや脱糞の話を広げるよりも愉しいと思える気持ちを共有できていると、心のどこかで期待しているのだ。
これまでの9日間の投稿で、交換日記の在り方から共同体の議論が始まった。この次はもしかすれば、健全な人間関係とはなにか、といった議論にもつなががるかもしれないし、僕たちが余りものである理由についても発展するかもしれない。仮に今のような形で日記が続けば、少しずつ話の軸を移動させながら、様々な話題を噴出させることになるだろう。その中に日々の感動を織り交ぜるような、そんな交換日記がロマンチストである私の構想だ。
脱糞やドラッグストアの話だって、普段の馬鹿話なら気に留めない。しかし、わざわざ交換日記を使って、私と、君たちと、知らない誰かに向けて丁寧に文章を紡いでいるのだから、体重を乗せたやり取りがしたい。
もちろん、こんな話を長引かせても意味がないと思うTakaさんの意見は尊重したい。4日目の投稿で君たちの投稿を批判した人間として、批判は受け入れる。
その場合、僕は今後も君たちの投稿に応答するだろうけど、無視してこれまでのような話(例えばウェルシアや脱糞)をしてほしい。それで、方向性の違いが浮き彫りになって、つまらなくなってきたら、その時は交換日記というプロジェクト自体やめてしまってもいいかもしれない。
僕は決して君たちを上に見ていないけれど、だからといって下に見ているわけでもない。もしこの言葉が挑発に聞こえてしまったのなら、それもまた仕方ない。ただ、やはり僕の心に写るのは、大きすぎることもなければ、小さすぎることもない、等身大の君たちだ。その輪郭を見定めて、言葉を届けることは、一人の執筆者としての責任であり義務なのだ。
長くなってしまってすまない。次の担当はBBということだね。