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シューマンの交響曲第4番の色々な演奏を聴いて(先輩Aとの対話)

私「最近シューマンの四番を聴いているんですが、Aさんおすすめの演奏はありますか?」

A「1953年、イエス・キリスト教会録音のフルトヴェングラーは聴きましたか?」

私「勿論です!

フルトヴェングラーの、他の追随を許さないロマンティシズムが、これでもかというくらい爆発していて、よかったです。」

A「あれはカラヤンが越えられなかったって誰かが言ってたね。でも、カラヤンの『指揮の芸術』の中の第4楽章はよかったなって思います。」

私「カラヤンはシューマンの四番を、何度か録音してましたよね。当然曲へのこだわりもあるのでしょうが、なるほど、フルトヴェングラーへの対抗意識もあったのかもしれませんね…
この演奏は、フルトヴェングラーみたいに重厚に語るところもあるけれど、やはりカラヤン流の推進力に満ちた演奏ですね。破格の重量とものすごい動力源を持ちながら、悠々と華麗に着陸するジャンボ・ジェット機のような…
昔、カラヤンのメンデルスゾーンとかシューマンの演奏をまとめて聴いたのですが、そのときは、なんか重いものを無理に軽々と振り回そうとしているように思えて、あまり曲の良さが出てないように感じました。特にメンデルスゾーンはアバド/LSO(ロンドン交響楽団)の方が良いな、と思いましたね。」

A「俺もめちゃくちゃアバドのメンデルスゾーン好きだわ。
宗教改革は一楽章から雰囲気が違ったし、四楽章のフルートもすごかったね。
確かに、その頃カラヤンのメンデルスゾーンも聴いてたけど、変なところで重い感はした。メンデルスゾーンは軽くし過ぎな演奏も多いからアバドの軽いところは軽くするし、サウンドは重くならないけど雰囲気作れるところがすごく理想だった。

あとシューマンの四番だと、準・メルクルもすっごい昔聴いたけど結構好きでした。
セルは評判はいいけれど、ちょっと1番が肌に合わなくてその偏見で無いなって思ってしまった。シューマンは昔の演奏スタイルも好きなんだけれどセルのシューマンはちょっと派手?」

私「セル/クリーヴランド響は、もちろん大前提として超高水準なんですけど、やっぱり『アメリカのオケ!』っていう音が随所でしますよね。


昔どこかで『シューマンのオーケストレーションが下手と言われるのは、各楽器のアンサンブルができていないからであって、セルのを聞くと、そんなことは思わせない』みたいな評を読んだ気がしますが(吉田秀和だったか)、確かに機能的ですね。
推進力はあるのですが、カラヤンの演奏と比べて、よりメカニックというか、自ら動き出しているというよりも、外にコントロールする人がいて、その人に操縦されているから流麗な動きをしている、みたいな印象でしょうか…?なんだか、その二つのオケの音楽の作り方(前者はある程度楽団員の自発性を重んじ、後者は指揮者が全てを統率しようとした)を知っているが故の先入観も作用しているようにも思いますが、やはりセル/クリーヴランド響は、とてもレベルが高いのだけど、人工的で冷たい感じがしますね。Aさんの言う『派手』っていうのも、それが人工的だから、ちょっと違和感を覚えるんでしょうかね、シューマンとかなら特に…」

A「なるほど、でもセルのシューマンが統率力という点で評価されていたとしたら、また聴き直したいね。
余談だけど、俺めっちゃシューマンはオーケストレーション下手って言うやつ嫌いなんだわ(笑)説明できるならまだしも受け売りでそれを真に受けて聴かない人が。俺も確かにココがダメって言われたり指摘されてなるほどと思った経験もあるけどね… あとは、単純に下手ってよりはスタイルが古いとも聞いたことがある。」

私「Aさん、その話よく仰ってますよね(笑) 私も、『シューマンはオーケストレーション下手!』っていうのを前からよく耳にしていて、『はぁーそうなのかー』と思ってしまい避けてきた節があったので、最近ちゃんと聴いてみようと思ってたところなのです。

他の演奏だと、バーンスタイン/VPO(ウィーン・フィル)もよかったですね。」

A「バーンスタイン、一番と三番は好きなんだけど四番は印象に残ってないな。どうだった?」

私「バーンスタインは、第1楽章はまずまずで、第2,3楽章は『まあVPOだからな、勿論上手いけどこんなもんか』という感じでしたが、第4楽章が良かったですね。バーンスタインの、これまた好き嫌い分かれそうな個性が出てました。
重々しい響きを作るという点ではフルトヴェングラーとも共通するんですが、それに耽溺するのではなく、あくまで一気呵成に突き進んでいくんですよね。とても重い鎧を着けているんだけど、身体がマッチョだから軽快に動けるんだぜ!みたいな(笑) そんな健康的な人間が駆けていくのを見る爽快感みたいなのを感じる演奏でした。」

A「なるほどねぇ。いかにもバーンスタインらしい… もう一度聴いてみます。四番って全楽章イイってなり辛いよね。

あとはサヴァリッシュ/SKD(シュターツカペレ・ドレスデン)も一度聴いて、ベストではなかったけれど結構良かった思い出があります。」

私「サヴァリッシュは、平均点以上っていうイメージですね。でもこれは悪く言ってるつもりなのではなくて、『シューマンやブラームスの演奏は、それで良いのだ。他に何を足す必要がある?』と言われているような説得力があるのです。」

A「まずプレーンに聴きたいとしたら、サヴァリッシュは変なステレオタイプつかなそうだよね。」

私「そう思います~!オケも東独の暖かい良い音ですしね!

サヴァリッシュを気に入る耳をお持ちのAさんには、コンヴィチュニー/ゲヴァントハウス管弦楽団を聴いてほしいです…!

古い録音ですが、その古さがいわゆる古色蒼然的な良い味を出してます…!コンヴィチュニーは、真面目でおもしろくない部類に入るとは思うのですが、それが質実剛健なシューマン像という結構稀有な結果になっている気がして、『ああ、良い曲だなぁ』という感想を抱けました。」

A「聴いたことが無いので聴きたいです!

あとはシューマンだと、第二交響曲だけが未だに唯一受け入れられないので、気に入る演奏を探したいね…
シューマン、メロディも美しいし盛り上がるところ盛り上がるから、ミーハーを自負してる自分としては、もっとハマってもいいのになと思う(笑)」

私「そうですねー… 私としては、展開がダレてるなって思うときがありますかね~ シューベルトのグレイトとかもそうなのですが…」

A「その点で二番が微妙になる感はあるね。
むしろ朝比奈隆は後半の二曲しか価値ないって言ってたけど。作曲年代的に、一と四が前半の二曲かな?」

私「朝比奈…厳しい…

でも確かにさっきAさんも仰っていたように、ブラームスやベートーヴェンに比べて、シューマンの交響曲って全楽章イイ!って思うときが少ないですよね。まあそもそも全楽章イイ!ってなる曲自体少ないんですが…
強いて言えば、フルトヴェングラーとコンヴィチュニーの演奏は、全楽章イイって思えたかも…」

******

私「ベーム/VPO(1978)の演奏、いま聴き終わったのですが、良かったです!
弦の立ち上がりとか、フレーズの処理のしかたとかが、全体的に優しくてまろやかで、それすなわちブラームスみたいな音楽になっていました。ほぼブラームスを聴いていた気分…
逆に第3楽章はブラームスには無い音楽なので、ベートーヴェンみたいでしたね。
シューマンのエグいような符点(と私は思っている)をがっちりバリバリやる演奏(バーンスタインとかフルトヴェングラーとか)が好きな人は、あんまり好まないでしょうが、とっても優しい雰囲気で、アンサンブル力も高くて、管楽器も目立つところは充分前に出てきていて、私は好きでした!
あと四楽章の最初がめちゃくちゃ壮大で、どうなるんだ!?と思って主部を待ってたら、意外と軽くて(それこそベートーヴェン的)、ズコーッてなったのですが、多分ベームは大真面目にそういう音楽だと思ってるし、むしろ私たちがバーンスタインとかフルトヴェングラーに慣れすぎているからそう思ってしまうんでしょうね(笑)
テンポ上がって畳み掛けるところも、レオノーレ序曲第3番みたいな感じでした。
Aさんみたいにベーム好きな人なら、絶対気に入ると思います!!」

A「ほうほう。ベームのシューマンノーマークすぎてそのままいきそうだったけれどとても興味を持ちました。
ベームは人格的にはめちゃくちゃ嫌な奴っぽいんだけれどなんであんなにいい音楽するのか…レオノーレ序曲第3番もよかったよね。」

私「嫌なやつだったんですか(笑)知らんかった(笑)」

A「音楽まで嫌いになりそうになったけれど無理だった。」

私「まあシューマンもどう考えてもヤバイやつですもんね…

…若いころには正確に拍子をとれたのかもしれないが、彼は演奏に注意を与えることは何もしなかった。『楽園とペリ』のリハーサルではクララ(ピアノを弾いていた)が『主人はここは弱く弾いてほしいといっています』と言い、シューマンはかたわらでその通りとばかりうなずくのであった。演奏がうまくいかないと、ひとり腹を立てていた。あるとき、自分の交響曲を演奏する際、彼は指揮棒を振り上げたまま立っていて、オーケストラ・メンバーは楽器を構えたまま、いつ弾き始めたらよいかわからないのだった。そこで、第1プルトに座っているケーニッヒスレウと私が手で合図して演奏を開始すると、シューマンは嬉しそうに笑いながらついてくるという有様だった…

— ヨーゼフ・ヨアヒムによる回想(Wikipediaより)

このエピソード、草です。」

A「声出して笑った。シューマン、クララとアレしてた日にマークつけてたこととかも晒されてるしな。嗚呼…」

(2021.10)

クラシック音楽は、他のジャンルに比べて同じ曲の演奏音源が膨大に存在し、作曲家、作品、演奏家、オーケストラ等についての前提知識も、私が満足いく記事にするには大量に必要で、記事にするのに時間がかかるし、また私は音楽ジャンルで言えば、一応クラシック音楽に最も造詣が深い、と思うので、逆に他のジャンルなら何気なく書けるのだが、クラシック音楽となるとどうも気負ってしまう…
なので、とりあえず、私以上に造詣の深いA先輩との何気ない会話を記事にしてみた。これをA先輩に見せたら、「懐かしい。この時は新宿で人を待っていて、一杯のコーヒーと2つの中短編で何時間も粘っていた。確か、『美しい村』と『桜の実の熟する時』だったはずだ」と、この会話をした時のことを思い出してくださった。

まあ、こんな後書きを付け足すくらい昔のことではないんだけれども。

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