記録#33
予定どおり、2024年11月8日に退院した。
9月に入院したときは、退院してからはけっこう元気だったんだけど、今回はなかなか体がきつい。なんとなくだるかったり、微熱があったりして、家のなかでもなかなか動けない。
かろうじて1日2回掃除機はかけているし、使った食器はその場で洗っているし、洗濯も畳んで収納するまでできている。
掃除機をかけるのはせいぜい週に1回(うちには毛玉動物がいる)、汚れた食器がシンクに溜まり、洗濯物は使うときに洗濯機のなかから取り出すなんて生活になったら、自分としてはおしまいである。
退院当日は寒かった。5人くらいのひとに「今日は寒いよ」と言われたとおりだった。
去年も10月下旬に入院して、退院したのが12月下旬。入院している間に、夏寄りの秋から真冬になっていて、毎年いい季節を逃している気がする。
退院日は朝食をスキップしたので、病院から徒歩1〜2分のところにあるファミレスでパンケーキを食べてから帰りたかったんだが、風邪をひいてもアレなので(薄着だった)、院内のカフェで朝食をとった。熱々のものを久しぶりに食べて、ドリンクにホイップクリームなんて載せちゃって、やっぱり娑婆はいいなあとしみじみ思った。
家に帰れば、猫との再会を喜びつつ、さっそく訪問看護と訪問診療が来る。これが地味に疲れた。座って話すだけの体力がまだない。
先生も看護師さんも、かかわってくれるほとんど全員が穏やかな皆さんなんだが、訪問看護の主任さんがちょっとよくしゃべる、というか押しの強いひとで、コンディションがよいときなら最後まで話を聞いてから、自分の言いたいことを言うんだが、耐えきれず途中で遮ってしまった(ゴメンナサイ)。これも体力(というか根気か)のなさのため、ということにしておく。
普段から訪問診療にかかっていれば、死の瞬間に医師がいなくても、変死扱いにはならないそうだ。よって警察や救急は呼ばなくていい。
変死扱いになると、部屋が事故物件のようになってしまうかもしれないから、よかった。
訪問診療の先生には、いわゆる延命措置的なことについて、今のうちに取り交わしをしておきたいとお願いした。
心肺蘇生はしない、口から食べられなくなったら胃ろうなどはしない、栄養点滴も基本的にしない、痛みや呼吸困難がひどくなれば、鎮静をする。
姉には、うちに来てわたしの息が切れていた、または切れかかっていることを発見したときは、救急車を呼ばずに訪問診療の病院に連絡をする(救急車を呼ぶと心肺蘇生されてしまう)ことをいま一度確認した。
延命についての考えは、姉と前々から折りに触れて話していたし、父のときもどうしますかと問われた延命措置は辞退したらしい。
実家の家族は全員(もう両親はいないが)、昔からそこだけは意見が一致していて、その考えが染みついているので、急に家族(姉)が「なんでもいいからやってください!」みたいなことを医療スタッフに頼むことはないだろう。
てか、わたしは自分の死に方を家族に決められたくない。
患者の意向を無視して、土壇場になって意味のない延命を望む家族や親戚っているらしいけど、ものすごく傲慢だと思う。
人の死に方(生き方も)を、家族であっても他人が決めるべきではない。
死の際になると、家族は感傷的になるのかもしれないけど、冷静に考え、あらかじめ必要な知識も仕込んでおくべきだし、なにより自分の安心のためじゃなくて、死の際にいるひとの幸せや望みを最後まで最優先してほしい。
自分が精神的に苦しみたくないからといって、患者を肉体的に苦しめてはいかんのだよ。