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緊迫するガザ情勢――示唆される暗い見通し【後編】/鈴木啓之

深刻さを増すパレスチナ紛争を、どう理解すればよいのか。『蜂起<インティファーダ>――占領下のパレスチナ1967–1993』著者の鈴木啓之先生に広報誌「UP」にご寄稿いただいたコラムを公開いたします。第4弾は614号(2023年12月)掲載のコラムの後半です。周辺状況と今後の見通しを描きます。(本コラム前半はこちらから)

他地域への波及

ガザ地区でのイスラエル軍による軍事行動が続くことで、他の地域にも動揺が広がっている。特に情勢が明らかに悪化しているのが、西岸地区とイスラエル北部地域である。西岸地区では、死者数が過去に例のない規模で増えている。今年の8月の段階でパレスチナ人の死者数が「過去15年で最悪」と言われた昨年を超える状態にあった。2022年の西岸地区でのパレスチナ人死者は154人である。ところが、10月7日から11月4日までの時点で、西岸地区では新たに136人が死亡する事態に陥った。今年の西岸地区での死者数は、10月末段階の累計で320人を超えている。西岸地区北部の街ジェニーンでは、10月22日にイスラエル軍によって戦闘機での爆撃さえ実施された。これもアル=アクサー・インティファーダ以来のことである。西岸地区ではガザ攻撃に反対し、ガザ地区のパレスチナ人に連帯する抗議活動が活発化している。また一方で、西岸地区内部に居住するイスラエル人入植者グループの一部が、パレスチナ人の所有する車両に放火を行うなど、イスラエル国家が管理できていない暴力がパレスチナ人に向けられる事態も報じられた。ガザ情勢は、西岸地区に大きな影を落としている。

一方、イスラエル北部地域では、レバノンを拠点とする武装組織ヒズブッラーによるイスラエル軍施設などを狙った挑発行為が相次いでいる。10月8日には、イスラエル併合下ゴラン高原のイスラエル軍施設に対して数発の迫撃砲が発射されイスラエル軍が応戦した。その後、連日のように迫撃砲またはロケット弾の発射と、イスラエル軍による応戦が繰り返されている。

ガザ情勢の緊迫が地域全体に波及することを警戒し、アメリカは10月8日の段階で空母打撃群を東地中海に派遣することを発表した。さらに10月15日には2つ目の空母打撃群の派遣も発表されている。しかし、アメリカによる関与の姿勢が強まることで、周辺地域での新たな動揺も起きている。10月18日にはバイデン米大統領がイスラエルを訪問して連帯と支持、さらにはハマースへの非難を明確に打ち出した。これを受けて、トルコやレバノンなど中東各地の米大使館前では激しい抗議活動が展開された。この直前にガザ地区の病院で爆発があり、その責任がイスラエルにあるとの理解が周辺諸国に広がっていた。そのようななかでバイデン大統領が発したイスラエルへの連帯と支持のメッセージは、周辺国世論と政府の姿勢を硬化させるばかりだった。アメリカとしては、ロシアがガザ情勢に関与の姿勢を示し始めている点も意識せざるを得ないだろう。10月13日にロシアのプーチン大統領は、イスラエルによるガザ地区封鎖をレニングラード包囲に喩え、「受け入れがたい」と発言し、ガザ地区情勢への関与の姿勢を滲ませた。国連安保理では、アメリカとロシアがそれぞれ停戦決議案を提出し、双方が否決されるという事態が10月25日に起きた。ガザ情勢は、国際舞台での大国の駆け引きにも発展しつつある。

今後の見通し

見通しは暗い。2008年12月から2009年1月のガザ戦争、そして2014年のガザ侵攻の前例に照らせば、空爆開始から地上部隊の展開(地上侵攻)までは7日から10日ほどで実施されることが予想された。停戦までの期間は2ヶ月程度である。地上侵攻が本格化すれば、ガザ地区内部で死亡するパレスチナ人の人数は、1日当たり千人規模に到達しても不思議ではない。また、イスラエル軍兵士にも多数の犠牲が出るとともに、ロケット弾の発射によってテル・アヴィヴを始めとするイスラエル諸都市での市民生活が脅かされることになる。しかし、そうした「これまで」からの類推が、もはや有効ではないと思われる段階にまで事態は進展している。暗い影を落としているのは10月20日にイスラエルの外交・安全保障委員会でヨアヴ・ガラント国防相によって示された「三段階」の作戦見通しである。ハマースなどの軍事力を潰滅させた後、最終段階ではイスラエルがガザ地区への責任から手を引くことが提示された。ただ、すでに20年近くにわたる「分離」によって、イスラエルはガザ地区から手を引いた状態にある。では、この「責任から手を引く」とは何を意味するのだろう。ガザ地区の220万人の住民をそっくりそのまま国際社会や隣国(エジプト)、またはパレスチナ暫定自治政府に丸投げし、イスラエルとガザ地区の境界を完全に閉ざすことも起こり得るのではないか。もしそれが実現されると、日本政府や日本の国際NGO、さらには国連機関がこれまで実施してきたエルサレムを拠点にガザ地区を支援するという従来の取り組みも見直しを迫られることになる。国際社会はガザ地区とどのように向き合っていくべきなのか、大きな問いが投げかけられている。10月29日、イスラエルのネタニヤフ首相は、地上作戦を含む作戦の第二段階に着手したことを明らかにした。ガザ情勢は、緊迫の度合いをひたすら強めている。

鈴木啓之(地域研究[中東地域]、中東近現代史)


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