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杉山将 著『教養としての機械学習』試し読み

杉山将 著『教養としての機械学習』が2024年2月に刊行となりました。世代や職業を問わずAIに対するリテラシーが求められる今日、「機械学習って何なのか、実はまだよく分からない」という方におすすめの1冊です。本書の第1章冒頭部分を公開致します。

1.1 人間の学習能力をコンピュータで再現する「機械学習」

本書では人工知能技術、その中でも特に機械学習について解説しますが、そもそも機械学習(マシンラーニング)とは何でしょうか。

まず、「機械(マシン)」とはコンピュータのことです。機械というと組み合わせた歯車がガチャガチャと動いているイメージがあるかもしれませんが、“machine” を機械と翻訳し、それがコンピュータであるという認識で使われています。

そして、機械学習は機械の学習、端的に言うと「人間の学習能力のようなものをコンピュータで再現しよう」ということです。人間はいろいろなことがら(データ)から知識を学んでいきますが、それと同じようにデータの背後に潜んでいる知識を学習しようというのが機械学習における共通のゴールになっていると言えます。

■ 活用が広がる機械学習

機械学習の技術はすでにさまざまなところで活用されています(図 1.1)。音声の認識、画像の認識、動画の認識といった基礎技術に関しては多くの場合、人間を超えるようなレベルまで来ていると言えます。身近なところでは、iPhone の音声認識はかなりの精度を実現していますし、顔認識も人間よりもうまくできるようなレベルに達しています。 これは長らく情報分野で興味を持たれていたところですが、ウェブや SNS から情報を抽出することもできるようになっています。たとえば、X(旧 Twitter)など SNS でフォロー関係を調べると、こういうコミュニティがあってこんな話題が流行っているというようなことがわかります。もっとビジネスに近い話では、Amazon で、ある商品を買ったら「他の人はこんなものを買っていますよ、あなたもどうですか」というようにおすすめの商品が提示されます。こうしたレコメンドシステム、推薦システムは多くの EC ショップで導入されています。こうした活用はまさにビッグデータのなせる業で、機械学習の典型的な成功例だと思います。


図 1.1 さまざまな応用例
機械学習(MachineLearning)
■機械学習:
データの背後に潜む知識を学習する•現在の人工知能を支えるコア技術
■さまざまな応用例:
•音声・画像・動画の認識
•ウェブやSNSからの情報抽出
•商品やサービスの推薦
•工業製品の品質管理
•ロボットシステムの制御
•医用画像処理
■ビッグデータ時代の到来に伴い、機械学習技術の重要性はますます高まりつつある


また、工業製品の品質管理は機械学習が非常にうまく成功しているところです。出来上がった製品をチェックし、不具合がないかどうかを確認するのが品質管理の工程ですが、プロの人たちが 1 つ 1 つ「これは OK」「これは NG」と判断しています。それに対し、たとえば工場のベルトコンベアで流れてくる製品をカメラで監視し、エラーに該当する特徴があればアラートを出すというように、画像認識の技術を使ってあやしいものを自動的に検出できると人間の負荷を減らすことができます。

ロボットの制御も、いま AI が入っているところです。たとえば工場の中で動かすロボットでも、ある程度事前にプログラミングしてしまえばそれで OK なものもありますが、実際にものを見て、認識して、A ならそれをつかんで別のところに持っていく、B ならラインから外すというような複雑なものになってくると、やはり機械学習で作業を学習させるということになります。

もう少し夢のあるロボットの話では、ヒューマノイドロボットみたいなものをちゃんと動かそうというところで機械学習の応用が考えられています。ヒューマノイド型となると、ロボットのボディをたくさんの関節で構成します。それを人間のように動かすことになるわけですが、これは高次元のシステムの制御になります。1 つ 1 つの動きを組み合わせて、連携した 1 つの大きな動作をさせるというのはとても難しいことなのです。パーツに使われる物質の摩擦があったりしますし、経年劣化で動きが悪くなったりもします。そういうところも、機械が学習しながら障害を超えていくようなシステムを作ることができれば、ある程度、動きが悪くなってきたら自分で動きを修正しながら動作するということができます。

このあたりについては本当に実世界で使えるかどうか、いま議論になってるところです。たとえば研究室内では、ロボットを動かしたがうまく立たない、けれどいろいろやってしばらくしたら立てるようになった、というような実験をすることができます。しかし、実社会では、たとえば動けなくなった車を適当に走らせて、何回もぶつけているうちに走れるようになるという実験ができるかといえば、それはできません。

最近は、シミュレーションの中で実験をして実世界に持っていけばいいという話があります。現実の世界をそのままバーチャルな世界に持っていってシミュレーションできることを全部やろうという、「デジタルツイン」と呼ばれる考え方です。ただ、まだどうなるかはわかりません。バーチャルな世界と実世界のギャップは常に存在しており、わずかなズレに思えても、細部を極めていくとそのギャップは大きな問題になります。いまレーシングゲームが非常にリアルに作られているので、それを自動運転の学習データに使えばいいのではないかという話もあるのですが、そのままやるとこれは全然駄目です。人間の目にはリアルに見えるゲームの画面ですが、実世界のものとは全然違うのです。もちろん、そのギャップをどう埋めるかという研究もいろいろとされていますが、相当難しい話です。 そのほか医療のような、今まで人間にしかできないと思われた分野にも AI の活用が検討されています。たとえば医者は昼夜を問わず、けがや病気の人が出ると診察しなければなりませんし、大学病院では学生の指導もしなければなりません。特にコロナ禍では、そこにコロナ患者も来ていたわけですから、大変な環境で働いています。その最中にも他の患者の診察もありますので、完全にキャパシティを超えている状況です。人間の医者は重要な部分に集中して、ある程度簡単にルーチン的にできる部分を自動化してしまおうという流れは避けられません。その部分で精度をいかに上げていくかということが、いま本当に喫緊の課題になっています。

こうした分野は 10 年前なら、AI を使いましょうと言うと、かなりの人からふざけるなという感じのことを言われる状況でした。人間の聖域だったわけです。ですが、いまやもうそんな悠長なことは言っていられません。AI をうまく活用して、医療分野全体を変えていかないとこのままではもたないことは明らかです。誰でもコンピュータに診断されるのは嫌だと思いますが、もう医者が足りていないので無理なのです。トリアージではないですが、あなたは間に合わないので残念ながら諦めてくださいと言われるのがいいか、 AI が見てくれて何とかなるのがいいか、そういう選択になってくるわけです。そうすると、AI の性能を上げていって、少しでもプラスになるようにしていくということが必要になってきます。そういう意味では、医療分野は分野として大きく変わってきています。理化学研究所(理研)でも医療分野に力を入れて研究を進めていますが、社会的に協力を仰げるようになってきたというのは大きなところです。

コンピュータ分野として見ると、データがたくさん取れるようになって、それを保存するストレージやネットワークがこの 10 年ぐらいで大きく発展し、それと機械学習の技術が成熟してきたタイミングが合致したのが、日本では 2015 年ぐらいのことです。それらが大きく発展してきて、いよいよ AI に何かできそうだと機運が高まってきたところです。

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