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木村草太先生の判例解説①同性婚訴訟東京高裁判決(2024年10月30日)

『憲法』の著者である木村先生が、刊行後の最新判例について詳しく解説して下さいます。『憲法』の関連箇所を引用してありますので、本書と合わせてお読み下さい。

はじめに

2024年10月30日、東京高等裁判所は同性婚に関する歴史的な判決を出した。違憲の結論は明快だが、その論理は複雑だ。東京高裁の裁判官が、過去の判例との整合性に苦心したからだ。判決を理解するには、専門的な解説が必要になる。『憲法』における最新判例解説の意味も込めて、整理してみたい(以下、『憲法』はタイトル+ページ数で引用する)。

1 判決の論理

現在の民法・戸籍法は「婚姻」を異性間のものと定義しており、同性間では婚姻できない。原告たちは、婚姻届を提出して受理されなかった同性カップルだ。国は、同性婚を可能にする立法をしてこなかった。原告らは、これを違憲と主張し、損害賠償を請求した。

原告の主張は、憲法24条と憲法14条1項の二本柱に基づく。憲法24条は、次のような条文で、つまりは、当事者が婚姻の「合意」をすれば、国は、それだけで法律婚を認めなければならない、という内容だ。テキストでは、この権利を「法律婚制度利用権」と呼んでいる(『憲法』199頁)。

【憲法24条】
 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

一方、憲法14条1項は、ドラマ『虎に翼』でも有名になった平等権保障の条文であり、次の条文だ。

【憲法14条1項】
 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

法律が、不合理な区別をしている場合には、平等権侵害で憲法14条1項違反と扱われる(『憲法』182頁)。

同性婚問題について、最もシンプルなのは、3月14日の札幌高裁判決の次のような論証だろう。

【札幌高裁判決の違憲論】
① 憲法24条1項の「婚姻」の「合意」とは、親密な共同生活関係の合意を指す。
② 原告たち(同性カップル)は、親密な共同生活関係の合意をしている。
③ よって、現行法は法律婚制度利用権の侵害である。

とてもシンプルだ。しかし、東京高裁は、こうしたシンプルな論理はとらず、次のような内容になっている。

【東京高裁判決の違憲論】
① 憲法24条1項の「婚姻」は、「憲法が一義的に定めるのではなく、法律によって」「具体化」される。つまり、憲法24条1項は、法律婚に同性婚を含めよとも、含めるなとも「定め」ておらず、同性婚の扱いを「具体化」するのは「法律」だ(判決47頁)。
② 婚姻を定義する「法律」には、憲法14条1項が適用される。それが、不合理な区別を含むものなら、同項違反となる(判決49頁)。現行法の異性カップルと同性カップルの区別は、「自然生殖の可能性」の有無を理由としてきたが、生殖は法律上の「婚姻の不可欠の目的ではない」から、合理的根拠に基づくものとは言えない(判決52頁)。
③ この区別を解消するには、民法・戸籍法の「婚姻」に同性婚を含める方法と、同性婚用の別の制度を作る方法の二つがあり、立法者はどちらを選んでもいい。ただし、別制度にする場合、分けられた「種々の法的効果」について、それぞれ「合理的根拠」が必要である(判決56頁)。

報道では、①部分がよく理解されず、憲法24条1項との関係で合憲とした判決などと言われている。しかし、判決は、同項はこの訴訟には関係ない条文と位置付ける趣旨のもので、合憲判断とはニュアンスが異なる。

他の部分も、これまでの議論の流れを追っていないと、よく理解できないだろう。そこで、解説してみよう。

2 判決の解説

(1) 論点1:現行法婚姻説と本質的婚姻説

まず、札幌高裁と東京高裁は、憲法24条1項の解釈が違う。札幌高裁は、〈憲法24条1項はあるべき婚姻の本質を定めている〉と考え、東京高裁は〈憲法24条1項は何も定めていない〉と言っている。それぞれの考え方を表にすると次のようになる。

【憲法24条1項解釈の二つの立場】

私のテキストでは、それぞれ、(憲法24条1項に言う「婚姻」の)「本質的婚姻説」と「現行法婚姻説」と呼んでいる(『憲法』199頁)。

A:本質的婚姻説は、原告にとってもろ刃の刃だ。〈憲法の定める婚姻に、同性婚が入る〉と言えれば憲法24条1項だけで勝てるが、〈入らない〉という立場をとられると、異性婚/同性婚の区別は憲法自体が認めた区別ということになり、憲法14条1項の主張を排除されてしまう。この説を採る場合、憲法24条1項が天王山で、残りの論点で逆転はない。

これに対し、B:現行法婚姻説だと、民法・戸籍法上の区別を〈憲法自身の定めたものです〉とは説明できない。だから、憲法14条1項の論点が主戦場になる。

憲法が「婚姻」の条文を作ったのだから、A:本質的婚姻説が自然に感じるだろう。東京高裁が、わざわざまどろっこしい説を採用したのは、最高裁判決と整合性をとるためだ。

夫婦別姓訴訟でも、この論点は議論になった。別姓訴訟の原告たちは、夫婦同姓は憲法の要請ではなく、自分たちは憲法にいう「両性の合意」をしたのだから法律婚ができるはずだと主張した。しかし、最高裁は、婚姻の内容が「憲法上一義的に」定まっているとは言えないとして、B:現行法婚姻説をとった。

憲法24条1項については、婚姻する権利ではなくて、特定の婚姻に法制度保障(『憲法』234頁)を与えたものだという主張もなくはない。しかし、最高裁は、憲法に婚姻の定義はないとしているのだから、法制度保障説も完全に否定していると言える。

東京高裁判決の背景には、こうしたややこしい判例の積み重ねがある。

(2) 論点2:生殖関係保護説VS親密関係保護説

次に問題となるのが、婚姻の可否について、異性カップル・同性カップルを区別する合理的理由があるかどうかである。
ここまでの幾つかの判決や国は、婚姻は自然生殖関係を保護する制度だと主張し、〈生殖能力ある者を当事者とする異性婚〉と〈同性婚〉との区別には合理的理由があると主張してきた。

しかし、これに対しては、生殖能力を失った者でも相手が異性なら婚姻できるではないかとの強い批判があった。控訴人(原告)も、東京高裁に対し、国が生殖関係保護説を維持するなら、裁判所に対し「法律上同性のカップルと自然生殖可能性のない法律上異性のカップルとの間の別異取扱いについての憲法14条1項適合性判断を行うことを明示的に求める」(控訴審第8準備書面53頁)とした。

これは、生殖関係保護説に対し、大きなプレッシャーになった。東京高裁は、生殖関係・能力がなくても異性婚ができることを根拠に、生殖関係の有無は合理的理由にならないと切り捨てている。

(3) 論点3:この訴訟の対象は何なのか?

今回は違憲判決だったが、第一審東京地裁判決は違憲状態なる判決だった。「違憲」と「違憲状態」は何が違うのか。

これは、訴訟の対象をどう理解するかに関係する。婚姻には、たくさんの効果がある。原告は訴状で20以上の婚姻効果の不平等を主張している。この場合、裁判所は、婚姻を1つのまとまりとして判断すればいいのか、それとも20の効果全て逐一判断すべきなのか。

【同性婚訴訟の対象の理解】

第一の立場は、婚姻パッケージ論と呼ばれる。第一次夫婦別姓訴訟で、寺田最高裁長官が補足意見に記した考え方だ。これは、婚姻の効果は分割できない一つのまとまりで、効果をバラバラにして違憲審査をすることはできない。スムージーにしてしまったキウイと牛乳を分離できないように、婚姻というパッケージに入ったものは分割できないまとまりになっているというものだ。

この考え方からすると、婚姻に、異性婚/同性婚で区別してよい効果が一つでも含まれていれば、婚姻の可否に関する区別は合憲ということになる。

では、一部に区別してはいけない効果が含まれていたらどうか。それは、今回の訴訟対象ではなく、その個別の効果ごとに——例えば、犯罪被害者給付金や相続分や共同親権ごとに——別々の訴訟で争うべきである。一部の効果の区別が不合理でも、それは今回の訴訟との関係では違憲ではなく、訴訟の中でたまたま発見された違憲な状態にすぎない。

これに対し、第二の立場は、婚姻の効果はそれぞれ性質が違うから、一つ一つ別々に違憲審査をしなければならないという立場だ。婚姻は、クッキー箱のようなもので、箱の中のクッキーはそれぞれバラバラというわけだ。この立場からすると、婚姻の効果ごとに違憲審査が必要になる。全ての効果の不平等が訴訟対象だから、一部でも不合理な区別が見つかれば違憲である。
今回の判決は、「親子・親権」関係の規律や「財産的権利」の規律を分けて議論しており、第二の見解をとったと言えるだろう。

判決で注目すべきは、別制度解決への踏み込みだ。諸外国では、同性婚を導入するときに、わざわざ婚姻とは別の格下の制度——効果が限定されたり、名前が「婚姻」でなかったりする——を設けて、異性婚の格式を守ろうとした例がある。今回の東京高裁判決は、同性婚の立法は「個人の尊重(憲法13条)と法の下の平等(憲法14条)という基本原則」を遵守すべきとし、「合理的根拠を見出し難」い区別を設ければ違憲だと釘を刺している(判決55~56頁)。

別制度、やれるものならやってみろ、という気概の感じる論証である。また、わざわざ別制度を設ければ、同性婚を格下のものと位置付けようと言う差別的意図が疑われる。そうなると、テキストで解説した差別されない権利(憲法14条1項後段)の侵害になる可能性が出てくる(『憲法』198頁)。

まとめ

以上の議論をまとめると、次のようになる。裁判例は、判決の論証だけでなく、それに至る議論の流れを理解すると、より理解が深まる。『憲法』では、できるだけ多くの判例について、ポイントを押さえて解説し、議論の流れを明快に理解できるように意識した。憲法判例を理解しようとするとき、参照していただけると幸いだ。

【同性婚訴訟のチャート】

*東京高裁、札幌高裁の判決文と控訴人の準備書面は、「CALL4・結婚の自由をすべての人に訴訟」https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000031#case_tabにて閲覧できる。

【プロフィール】
木村草太(きむら・そうた)
東京都立大学大学院法学政治学研究科教授
1980年神奈川県生まれ。2003年東京大学法学部卒業、同大学法学政治学研究科助手を経て、現在、東京都立大学大学院法学政治学研究科教授。
著書に、『平等なき平等条項論』(東京大学出版会、2008年)、『憲法の急所』(羽鳥書店、2011年、第2版2017年)、『憲法の創造力』(NHK出版新書、2013年)、『憲法学再入門』(共著、有斐閣、2014年)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書、2014年)、『未完の憲法』(共著、潮出版社、2014年)、『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(共著、晶文社、2015年)、『憲法という希望』(講談社現代新書、2016年)、『自衛隊と憲法』(晶文社、2018年、増補版2022年)、『憲法問答』(共著、徳間書店、2018年)、『ほとんど憲法』(上・下)』(河出書房新社、2020年)、『木村草太の憲法の新手4』(沖縄タイムス社、2023年)、『「差別」のしくみ』(朝日出版社、2023年)、『憲法』(東京大学出版会、2024年)、『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社新書、2024年)ほか多数。


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