見出し画像

『犯罪と刑罰』を十倍楽しむためのブックリスト10/小谷眞男

『犯罪と刑罰[増補新装版]』刊行を機に、その訳者として、本書をより多角的、より深く味わっていただくためのブックリストをお届けする。文学、歴史、哲学、法学、刑務所ものノンフィクションなどの分野から、直接間接に関係する10冊を訳者の趣味で選んでみた。さらに番外編としてコミックス1点、映画2本も。「単一の著作がこれほど決定的であった例は他分野にはないであろう」(木庭顕『現代日本刑事法の基礎を問う:笑うケースメソッド III』勁草書房、2019年、9頁)といわれるベッカリーア『犯罪と刑罰』の及ぼした影響の広大さが実感される。


1)ドストエフスキー『罪と罰』(数種の翻訳あり)

死刑判決を受け、服役した経験もあるドストエフスキーは、『カラマーゾフの兄弟』に至るまで罪と罰ないし犯罪と刑罰の問題を生涯考え続けた作家である。『犯罪と刑罰』もロシア語訳で読み、『罪と罰』構想の源泉のひとつとなった。はたして『罪と罰』が発表されたのは、『犯罪と刑罰』第5版刊行のちょうど百年後にあたる1866年であった(ドストエフスキーとベッカリーアの関係については江川卓『謎とき「罪と罰」』(新潮社)に負う)。なお三島由紀夫『金閣寺』においては、主人公がベッカリーアの『犯罪と刑罰』を手にとって思索にふけるシーンがラスト近く、放火を実行する直前あたりに登場する。ドストエフスキーやニーチェの影響を受け、他方で団藤重光の講義に感銘を受けたという三島もまた、近代日本版「罪と罰」を目指そうとしていたのかもしれない。

2)A. カミュ『異邦人』(数種の翻訳あり)

主人公ムルソーの犯行と裁判の様子、そして死刑にいたる過程。全編にわたって、社会通念に狎れた俗っぽい司法の姿が徹底的な批判にさらされる。死刑廃止論者だったというカミュもまた、犯罪や刑罰というテーマを生涯にわたって考えていたらしく、エッセイ『反抗的人間』や戯曲『正義の人びと』においても、革命やテロなど、歴史上のさまざまな局面における犯罪者、死刑囚たちが多数登場する。ともかく、『異邦人』という批判的精神の粋のような作品を持っているというだけでも、フランス人はなんと幸せなことだろう。

3)山内進『増補 決闘裁判:ヨーロッパ法精神の原風景』ちくま学芸文庫、2024年

犯罪者に対して刑罰を科すことができる主体はなぜ国家だけなのか。被害者はなぜ刑事裁判の場から閉め出され、蚊帳の外に置かれるのか。著者は、この根本的疑問に決闘の法文化史という視角からアプローチしようとする。ベッカリーアの議論をいったん相対化し、西洋法制史の広い文脈に位置付け直して考えるよすがとなる一冊。

4)ダンテ『神曲』(数種の翻訳あり)

言わずと知れたイタリア文学の原点。その地獄編・煉獄編は、全編これ「罪と罰」のオンパレードである。姦通、自殺、嫉妬、詐欺、暴飲暴食、浪費......ケルゼンの『ダンテの国家論』(長尾龍一訳、木鐸社)を引くまでもなく、ダンテはヨーロッパ知識人にとっては必須の教養のひとつであり、この作品で示された罪の軽重の論理や、贖罪と許し、罪と罰の対応関係などは、ヨーロッパ文化全体の共通前提を形成した。ベッカリーアも例外ではない。

5)N.Z. デイヴィス(成瀬駒男訳)『帰ってきたマルタン・ゲール : 16世紀フランスのにせ亭主騒動』平凡社ライブラリー、1993年

近世フランス社会史研究の傑作であるが、素材はある田舎の村で起きた奇想天外な事件に関する刑事裁判資料。このモノグラフを読むことによって、当時の刑事司法過程、犯罪概念、処罰の仕組みなどもあわせて浮き彫りになる。ベッカリーアが想定していた刑事裁判の実態を想像する一助としても十分に有用。

6)M. フーコー(田村俶訳)『監獄の誕生:監視と処罰』新潮社、1977年

フーコーの荒削りだが恐るべき洞察が出現したのちは、ベッカリーアを無批判的に読む態度はもはや許されなくなった。その意味で、本書は、ベッカリーア研究の試金石ともいえる作品である。

7)団藤重光『死刑廃止論[第6版]』有斐閣、2000年

死刑廃止論の基本書。戦後日本を代表する刑法学者のライフワークの集約でもある。著者は、東大教授時代は必ずしも死刑廃止論者ではなかったが、最高裁判事となって実務に携わるうちに、死刑を存続させるべきではないという確信を強めていくことになったという。ベッカリーアの死刑論も詳細な検討に付されているが、刑法学の深い造詣にもとづく著者のコメントはテキストの理解に資するところ大である。

8)山本譲司『獄窓記』ポプラ社、2003年(新潮文庫、2008年)

政治資金の問題で実刑判決を受けた元国会議員の服役手記。とくに本書の後半部分において描かれた、日本の刑務所内部の驚愕すべき実態に衝撃を受けない読者はいないだろう。同時に、日本の社会福祉の惨状も、本書によって鮮やかに示されることになった。ベッカリーアの指弾した問題は、本質的には現代日本にとって決して遠い過去の話ではない。同著者に『続・獄窓記』『累犯障害者』もある。

9)堀川惠子『裁かれた命:死刑囚から届いた手紙』講談社、2011年(講談社文庫、2015年)

とある死刑囚の書簡を厳密に読み解くことを通じて、その知られざる生育歴と内面世界を克明に再構成しようとしたノンフィクション。著者のすぐれたセンスは余人をもって代えがたく、死刑存廃を性急に論ずる書ではないからこそ、およそ法と市民社会について原理的考察をめぐらそうとする者すべてにとって必読の書といえる。あわせて同著者の『教誨師』も強く推奨する。

10)N. ギンスブルク(須賀敦子訳)『マンゾーニ家の人々』白水社、1988年(白水Uブックス[上・下]、2012年)

最後はイタリア歴史=物語の長編を。19世紀イタリアの文豪A. マンゾーニは、ベッカリーアの孫だった。この作品は、そのマンゾーニ家の人びとの物語を大河ドラマのように悠々と描いていく。わがチェーザレ・ベッカリーアもほんの少しだけだが好々爺として登場する。


【番外編①】コミックス

1)いのまちこ編・たたらなおき漫画・大庭有希子原作『デコちゃんが行く:袴田ひで子物語』静岡新聞社、2020年

袴田事件は海外まで広く知られているが、このコミックスは巌の姉、ひで子の人生という視点から裁判の全過程を描く。マンガを通して日本の刑事司法の一端を垣間見ることができると同時に、戦後女性史の貴重な証言ともなっている。


【番外編②】映画

1)「塀の中のジュリアス・シーザー」(V. & P. タヴィアーニ監督・脚本、2012年)

ローマのレビッビア刑務所におけるシェイクスピア「ジュリアス・シーザー」上演の一部始終をタヴィアーニ兄弟がカメラを持ち込んで映画化。本物の受刑者を含む俳優たちが「自由」を賭けて “Cesare deve morire” を演じる。DVDあり。

2)「プリズン・サークル」(坂上香監督・制作・編集、2019年)

日本の「塀の中」にも初めてカメラが入り、新しい更生プログラムの試行を追う長編ドキュメンタリー作品が完成した。受刑者たちが苦しみながらも内省を深めていくセッションの映像が「痛い」。坂上香『プリズン・サークル』岩波書店(2022年)はその書籍版。

いいなと思ったら応援しよう!