トップに立つのに「向いていない」人などいないと思うんですけれども
「私はトップに立って皆を引っ張っていくよりも、サポートする方が向いている」
という台詞を口にされる方がいらっしゃいました。
同じように思う方はたくさんいらっしゃると思いますし、かくいう私も同様です。でも、トップに立つのに向き不向きとか、実はないんじゃないの? と思ったので考えてみることにしました。
トップに立つのに才能は不要
最初に結論。
トップに立つのに向き不向きや資質なんてものがあるわけではない。
しかし実際には得意不得意は分かれる。
なぜそんなことが起きるかというと、「めんどくさい」を「やりたい」が上回った状態になりやすいか否かがポイントではないかと考えています。
たとえば「トップに立つタイプではない」と自負している(そして残念ながら周囲からもそのように認知されている)私ですが、過去には大人向けの囲碁入門イベントを主催したり、今はオンラインで歴史を学ぶ会を主催したりしています。
ちなみに次回はこんな感じで開催しますので、ご興味のある方は是非……。
閑話休題。
ともかく、向いていない人でもトップに立って何かをやることはできるということです。
トップに立って何かをやるのはたいへん
何事かを成し遂げるには、企画、事前準備、当日の運営、後始末など、様々なことをやらなければなりません。
そしてトップに立つ人間は、そうした事柄すべてに責任を持ち、時には自ら、時には人を使って成し遂げなければいけません。
めんどくさいです。
大事なことなのでもう一度言いますが、めんどくさいです。
めんどくさいんですが、世の「トップに立つ」人たちは、それをやります。
なぜやるかといえば
「やりたいから」
です。
たいへんだけど、面倒だけど、やりたいからやる。
向いているとかいないとかじゃなくて、やりたいからやる。
資質ではなく関係性
つまり、自分はトップに立つのに向いていないという人は、資質があるとかないとかではなく、単に
「自分がトップに立ってやりたいほど、やりたいことがない」
だけではないかと思うのです。
トップに立つのが向いていないと思っている私ですが、歴史の勉強会は嬉々として企画・運営しています。
職場ではトップに立つのが向いていないと思っている人でも、家に帰れば「今度の日曜日はキャンプに行くぞ! 朝6時に出発だ。必要なものは土曜日に買い出しに行くから、それまでにリストアップしておこう!」とトップに立ってお出かけの計画を練ることはあるでしょう。
そこにあるのは個人の絶対的な資質ではなく、やるべき(やりたい)事柄との関係性です。
やりたいことがあって、誰もやらないから(あるいは自分がやりたいから)、自分がトップに立ってやる。ただそれだけのことです。
トップに立ちやすくなるスパイラル
そして一度トップに立った人は(よほどトラウマになるような失敗をしない限り)、再度トップに立ちやすくなると考えられます。
何でもそうですが、まったく未知のものについては実態が分からないがゆえに「大変そう」「難しそう」「自分にできるだろうか?」といった不安が付きまといます。
しかし、やってみたらできた。
すると経験を積み、「よく分からないけどめんどくさい」だったものが「ああ、あれね。あれならやれる」になって、「めんどくさい」が軽減する。
すると、次に何かあった時、「やりたい」が「めんどくさい」を上回りやすくなるというスパイラルです。
トップに立つのに向き不向きなんかないよ
というわけで、改めて結論です。
トップに立つのに向き不向きや資質なんてものがあるわけではない。
トップに立って色々やるめんどくささを、それでもやりたいという気持ちが上回っているかどうかという、資質ではなく関係性の問題なのです。
今まさに「自分はトップに立つのは向いてない」と思っている人も、機会が来たら「向いている」人になり得るということです。そして一度、たとえどんな小さなものであってもトップに立つ経験ができたならば、トップに立ちやすくなるスパイラルに入ることができます。それは、自分がやりたいと思ったことを実現するための有効な手段です。
もしもやりたいと思うことがあるのなら、そしてそれが「めんどくさい」を上回る気持ちなら、向いてないなんて言わずにぜひ挑戦してみていただきたいと思います。
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