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「百合というジャンルの認知度を上げたい」百合展2025の裏側を“中の人”に聞いてみた【インタビュー企画 #9】
取材: ホドウ、銀糸鳥(@DeeperthanLies)
構成: 銀糸鳥
2016年以降、幾度かの休止期間を挟みながら、これまで6度にわたり開催されてきた展示フェア「百合展」。10月25日、その第7回の開催が発表されました。
イベントの主役となる参加クリエイターは、例年の水準を大きく上回る35人(36作品)。さらに今年は、恒例の展示イベントである「百合展2025」のほかに「百合展2024 ~Prequel to 2025~」と「百合展2024 ~Cherish~」も開催されます。
「株式会社LILIUM」の鈴木健さんと一柳和也さんに、まもなく10年目を迎える「百合展」の裏側を伺いました。
株式会社LILIUM
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「百合」をテーマとしたイベントや物販事業を手掛ける企業として2019年に設立。現代表の鈴木健さんは2023年から「百合展」の運営に関わり、現在は営業・企画全般に携わる。
株式会社LILIUMとは?
―― まず初めに、株式会社LILIUMとお二人のことを教えてください。
一柳 「百合展」自体は、2016年が最初のイベントですよね。
鈴木 そうですね。2016年から2018年までの「百合展」は、ヴィレッジヴァンガードさんが主催でした。そして2019年、当時の運営メンバーを中心に「百合展」の企画をする会社として独立して立ち上げられたのが、株式会社LILIUMです。
その後、前任の人たちから打診を受ける形で、私たちが事業譲渡を受ける形になりました。現在、私が社長を務めています。
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(撮影:銀糸鳥)
―― お二人は普段、別の会社に勤務されているのですか?
鈴木 そうですね。
一柳 鈴木がもともと前任の方と繋がりがあり、鈴木になら、ということでお譲りいただいた経緯があります。前任の方も並々ならぬ思いで「百合展」を作り上げてこられたので、ただ誰にでも、というわけではなかったと思います。もちろん、ダイコク電機(株式会社LILIUMの親会社)としてもビジネスの将来性を吟味した上での話です。
前任者から引き継いだ″思い”
―― お二人はどんな思いで「百合展」に携わられているのでしょうか?
鈴木 百合というジャンルに興味を持ってもらいたい、その良さを知ってもらいたい、認知をもっと上げていきたい。それが「百合展」の本来の目的です。
たとえば、百合とよく比較されるジャンルとして「BL」があると思うんですけど、百合はBLと比べてまだ市場規模が小さく、認知度も低いところがあると思います。
百合に飛び込んでもらう敷居を下げて、ファンが増えることに繋がれば、BLと肩を並べるくらい大きなジャンルに成長するかもしれない。その手助けというか、カンフル剤になれば良いなという思いがあります。
―― BLを意識されているのですね。
鈴木 そうですね。「百合展」に関わり始めた時にも「BLがここまで大きくなるのなら、百合が大きくならないわけがない」というのが念頭にありました。ですので、BLは意識しています。
一柳 よく鈴木とも話すんですが、一般書店さんだとBLの棚はあるのに、百合の棚はあまりないじゃないですか。これから先、百合に触れたいという人は、まずは百合に属する本がどこの棚にあるか調べるところがスタートになる。そこで「百合展」というのが入り口になって、百合を好きになっていくきっかけになって、最終的には一般書店にも百合コーナーができるようになればいいなと思います。
―― 最初のきっかけになれば、ということですね。
一柳 そうですね。あとは、百合の中の一つの作品が好きでも、それ以外の作品をよく知らないという人はいると思うので。「百合展」に来ることで、別の百合作品に出会えるかもしれないという、そういう機会作りになればいいなという思いはあります。
—— なるほど。「百合展」が長年掲げられている「業界横断」というコンセプトにも通じるお話です。
鈴木 その思いは私も受け継いでいますね。百合というものは漫画やアニメに偏りがちなものではなくて、それ以外の色んなジャンルで存在するので。ずっと前から「百合展」をやってきていただいた方たちの気持ちというのは、これからも引き継いでいきたいなと思います。
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来場客は「女性が思ったより多い」
―― 例年、多数の百合ファンが訪れる展示イベント。東京は1月25日(土)~2月2日(日)に「N9 STUDIO」で、大阪は2月8日(土)~2月16日(日)に「OSAKA SPACE」で開催されます。
鈴木 「百合展」は昔からの伝統として、入場料を無料にしています。やはり無料ですと、来場のハードルは本当に低くなると思います。そのぶんグッズをご購入いただき、収益を釣り合わせるというビジネスモデルです。
一柳 もう一つの理由としては、来場者を全年齢に開いているというところもあります。学生さんだと入場料2500円だけでも二の足を踏む理由になってしまうので、そのお金でグッズを購入していただけると嬉しいです。
―― 鈴木さんは「百合展2023」の運営にも携わられたと聞きました。実際に会場をご覧になって、どのような印象を抱きましたか?
鈴木 年齢も男女比も、本当に幅広いなというのが率直な感想です。もともと「百合の女性ファンは多いんだよ」ということは前任の人たちから聞いていたんですけど、実際に見ても男性がやや多いくらいで、本当に女性の来場者が多いなというのは感じました。
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―― それは、当初想定していたよりも多いということですか?
鈴木 そうですね。事前に聞いてはいたんですけど、自分はそうじゃないと思っていたので。どちらかといえば男性だろうなと。
一柳 BLは9割方が女性ファンなので、その反対側みたいなイメージがありましたよね。
鈴木 そうそう。基本は男性だろうと思ってたんですけど、全然そんなことはありませんでした。
参加クリエイターが決まるまで
―― 毎年、百合作品の複製原画・写真などが展示される「百合展」ですが、今回の参加クリエイターは35人と過去最多になりました。そもそも、クリエイターはどのような経緯で決まるのでしょうか?
鈴木 ええとですね……。最初の打診するところに関しては、私の独断と偏見で決めています。
―― なるほど。独断と偏見、というのは?
鈴木 自分が面白いと感じた作品は、連載の有無に限らずお声がけさせていただきました。あとは、連載が始まって間もない作品でも、なるべく注目をしようと思い、単行本1巻が出るか出ないかくらいの作品にお声がけしたこともありましたね。
そういう意味で、今回は自分のアンテナで決めてしまった部分があります。それが本当に正解かどうかはわからないですけど、やるからには自分が納得する作品を選びたいということで、まず最初の段階ではそれで決めたという感じですね。
一柳 もうそこからはゼロアタックですもんね。「この出版社さんにはツテがあるから」ということではなく、まず連絡先を調べるところから鈴木が始めて、かけずり回って集めました。
鈴木 アニメ作品の場合は、商品化担当の会社さんがどこなのかというのを調べて、結果、窓口の担当の人が知り合いだったということもありました。「ここなら仕事を進めやすいだろう」といった事情も度外視して、自分が「この作品だったら注目してもらえるかも」とか、「この作品に注目してもらいたい」だとか、そんな観点で作品を選んだ感じですね。
―― まだ巻数の少ない作品から、既に連載の終了した作品まで、本当に幅広いラインナップですよね。
一柳 実は、鈴木が「これを集めたい」と言った作品は、倍近くあるんですよ。それを一個一個打診して、ご参加いただけますかというのを続けて、今回の作品数に至ったという感じですね。
鈴木 出版社さまや作者さまの都合で、残念ながら「参加が難しい」という作品もありました。
―― 漫画以外にも、アニメやゲーム、写真作品からの参加もあるのが印象的です。
鈴木 それは、あえて今年やってみたくて。今までどうしても漫画に偏りがちだったと思うんですけど、これからの「百合展」は色んなジャンルを扱うようにしていきたいというのがありました。
そこで今回は、アニメ作品にも積極的にお声がけすることにしました。『青い花』、『ストロベリー・パニック』、『ひきこまり吸血姫の悶々』、『転生王女と天才令嬢の魔法革命』にご参加いただいています。
『青い花』はアニメ作品としての展開がストップしていたんですが、原作者の志村貴子先生に『おとなになっても』でご参加いただいていたこともあり、商品化担当の会社さまと交渉して、数年ぶりにグッズを出せることになりました。
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(公式サイトより/SOLD OUT の表示は12月21日時点)
―― 『ストロベリー・パニック』が参加したことも話題になりました。
鈴木 『青い花』と『ストパニ』は百合アニメの入門編という位置付けだと思うんですよね。今回の「百合展」では、「昔、ここから百合を好きになったよね」というアニメ作品を取り上げたかったという思いがあったので、ご参加をお願いしたという感じですね。
一柳 「令和にストパニ」というのでプチバズりしたのは嬉しかったですよね。一つの成功だったというか。
鈴木 そこにちゃんと注目してもらったのは本当に嬉しかったなと思いますね。
「Prequel」と「Cherish」
―― 今年は展示イベントの「百合展2025」に加えて、Webイベントとして「百合展2024 ~Prequel to 2025~」と「百合展2024 ~Cherish~」が開催されます。それぞれの開催理由についても教えてください。
鈴木 今回の「百合展」は2024年の開催に向けて準備していたのですが、会場の都合などにより2025年初頭の開催になりました。ですが、それだけだと「2024年は何もやらない」ということになるので、Web上の仕掛けとして配信イベントの「Prequel to 2025」と創作投稿フェスの「Cherish」を企画しました。
―― 「Prequel to 2025」に関しては、ちょうど先日、百合おしゃべり番組『百合バナ!』が公式YouTubeチャンネルで配信されると発表されました。「百合展」では前回の2023年からYouTubeを活用されていますよね。
鈴木 そうですね。昨年ご一緒させていただいた時に、イベント告知の手段として動画施策をやりたいという話がありまして、作品紹介PVや商品紹介PVを作成してみました。今年はそれにプラスして配信をやろうという話になったという感じですね。
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―― 一方の「Cherish」では、「創作百合投稿フェス」と題するイベントが現在開催中です。こちらを開催された理由も教えてください。
鈴木 普通の一般の人たちが、受け身ではなく、自分から百合に接しにいくきっかけを作るのが投稿フェスの一番の目的です。SNSで様々な作品が発表されていくので、百合に興味を持つ人たちがさらに増えるのではないかというのもありますね。もちろん、最終的には「百合展に来てね」という部分の導線には繋げたいのですが。
―― 今回の投稿フェスには「イラスト」「写真」「1Pマンガ」「140文字小説」「感想コメント」の5部門が設けられています。それぞれの部門が設けられた背景には何があるのでしょうか。
鈴木 人によって得手不得手があるので、様々なジャンルが用意されていれば、どこかに投稿してもらえるかなというのはありました。あまり限定すると、それが得意な人しか投稿できないので。少しでも幅を広げて、誰でも参加しやすいというような環境を作りたかったというのが一番大きなところかなと思います。
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一柳 特に「140字小説」に関しては、「Cherish」をやりますよと投稿した直後から「これならできるかも」という声をお寄せいただき、投稿してくれている人がたくさんいました。今まで百合好きだったのをあまり表に出さなかった人かもしれない人たちが、「140文字くらいなら書けるかも」ということで、表現をするきっかけにしてくれた。最初の開催趣旨の話とも重なりますが、これはものすごく大きいと思いますね。
展望は「海外進出&合同誌」
―― 前回の「百合展2023」では、英語版と中国語版のXアカウントを開設されていました。海外展開という点について、何か展望のようなものはありますか。
鈴木 そうですね。ゆくゆくは考えていきたいと思っています。たとえば、タイではBL・GLのドラマが盛んで、そういう素養はすごくあるので。海外用の通販サイトとか、「百合展」のイベントを開催するだとかは、すごくやりたいですね。
一柳 このまま国内だけでやっていくのは勿体ないですよね。やっぱり、人が集まるところはお金が集まるところじゃないといけない。綺麗事だけではなく、文化を醸成するにはお金も人も必要なので、そう考えた時に海外展望というのは視野に入れなければならないと思っています。
―― その他に、今後の展望はありますか。
鈴木 ゆくゆくは「百合展」発の作品が生まれて、そこから様々な展開ができるようになると良いなというのは思っています。
一柳 「百合展」から新たな作品が出てくれば良いよねという話はよくしていますね。それは「百合展」の思想の一つでもあるので。
―― たとえば、アンソロジーを作るような。
鈴木 そうですね。「百合展」の同人誌といった形で、次回以降は動いていきたいというのはあります。
一柳 まだ日の目を見ていない方々にお声がけして、「百合展」プロデュースの合同誌が作れると良いですよね。作家の方たちも、お一人お一人で活動するのは大変だと思いますし、それをサポートするのも百合を広める活動の一つになるのかなと。もちろん最終的に、それがビジネスの一つに繋がるのが理想ではあります。
あなたにとって百合とは?
―― それでは、最後に恒例の質問をさせていただきます。あなたにとって百合とは?
鈴木 自分にとっての百合は「女性同士のラブコメ」ですね。
―― なるほど。その心は?
鈴木 個人的に男女のラブコメも読むのですが、自分は百合を女対女のラブコメとして、その延長線上で捉えています。恋愛の描写があり、それが熱かったり、ほんわかしたりという、もう単純にそれが好きという感じです。
自分としては、百合に対して偏った思いがあるわけではなく、本当にラブコメ作品として、色んなものを楽しく見させていただいていますね。
一柳 鈴木のいう「百合はもっと広いものだよ」という思いが、今回の「百合展」の作品やジャンルの幅に繋がっているのかもしれないですね。「これも紹介したいし、あれも紹介したいし、これも百合って言っていいんだよ」というのを言いたいがために、これだけ作品を集められている。大変ですけどね(笑)
―― ラブコメというのは懐の深い言葉ですね。一柳さんにもお伺いしてもいいでしょうか。
一柳 そうですね。キリよく一言にするのは難しいですが、まだ可能性は大きなジャンルだなとは思っています。百合ジャンルって、まだ商業的な成功イメージが抱きづらいジャンルだと思うので、本当は書きたいけど書けない作家さんが結構いるんじゃないかと思うんですよね。本当はゴリゴリの百合を描きたいけど、ちょっとに留めておくみたいな。
鈴木 それは本当にそうですよね。
一柳 消費者側としても、百合というジャンルは数が少ないからこそ、まだ手を出していないという人もいて。百合っていうのはもっと発展してもいいですし、商売的にも絶対に、ジャンルとしてまだ可能性があると思います。
これは私の信条でもあるのですが、人が集まるところには必ずお金が集まるし、お金が集まらないと続けられないから、文化は醸成しない。そういう意味ではまだ醸成の余地を残しているジャンルだと思うので、商売として触れるのも楽しいし、もちろん作品としても好きだし。そういう意味で、まだ可能性がすごくいっぱい残っているジャンルだなと思いますね。
―― 今後の「百合展」にますます期待していきたいと思います。本日はありがとうございました。