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彼女からの手紙

高校生の頃まで、毎月のように日本の友人と手紙のやり取りをしていた。大したことはない。普段の愚痴を聞いてそれに返信して、こっちの状況を書いたら、関ジャニ∞はきっと八人になると言う話と新曲の話を書き、3ドル前後の切手を郵便局で買い「AIR MAIL」と書いて出した。
高校最後の手紙には「関ジャニ∞はもう8人には戻らないと思う」と書かれていたことだけ覚えている。

大学の時もやりとりは続いたが、私が鬱を患ってしまった。文字を書くどころか、メールへの返信もできなかった。両親とのやりとりは基本電話で、最後に打ったメールには「大学を辞めるか、死ぬかのどちらかの選択肢しか私には今ない」と数日かけて書いた。

そこから殆ど手紙が書けなくなった。
誕生日カードにも何にも大した言葉が思いつかないのだ。何を言っても月並みだし、何を書いても空虚な気がする。
noteだって一緒だ。思考のダンプアウトではあるけれど、これは思考のほんの一部で、考えていること全ての1%にも満たないし、頭の中で書く文章の5%にもならない。
文字を書くのは好きなのに、文章を書くのがとことん苦しくなってしまった。

手紙の内容はいつも同じことを書いてしまうような気がするし、前回書いた内容を思い出せない。何を書いても相手に向けてるつのりなのに薄っぺらい。
可愛い紙と書きやすいペンと綺麗なインクだけが増えていく。


手紙が少し苦痛だった。
でもその苦を乗り越えて書く価値があるものだと思っていた。

去年の秋暮れ、手紙が届いた。レターパックだった。
差出人は大学の友人で、一年前まで近くに住んでいたので卒業後も仲良くしていたが、その年に入って異動で三、四県またいだ向こう側に行ってしまった女性だった。
開けてみるとカーズの絆創膏入れが入っていて、「もじゅちゃんにぴったりだと思って」と書かれていた。私は疲れていたのか「カーズの絵柄の絆創膏なんて嬉しい」と思っていたが、実はその箱は補強用のためだけで、中身はマーメイドのイヤリングとプラスチックのホテルキー、ステッカーだった。デザフェスで私にぴったりのものを見つけてきたと言って買ってくれたらしかった。もちろんその心遣いが嬉しかったし、今も宝物のように取っていて、特別な日にだけつける。私の耳に鰭をくれ、自信を持って人波を泳ぐ時につける。

その時同封されていた手紙が、また少し風変わりだった。
手紙の内容は挨拶から始まっていたようだけど、大半は彼女が今手紙を書いているコインランドリーの話だった。私の近所に住んでた頃行っていたコインランドリーの違いと、今まさに洗濯している状況を綴った手紙は特に他の重要と言える情報を伝えるわけでもなくそこで終わった。

私は不思議と、勇気付けられた。
手紙にはいつも相手に何かかけなければいけない言葉を、相手のために綴る言葉を探していたのに、私は私のことなどあまり書いていない手紙になんだかほっとしてしまったのだ。

手紙なんてこんなもんでいいんだ、と思った瞬間だった。太古より、季節を伝え、状況を教える季節の句を入れる日本らしい手紙の1番気負わない、氷の張った水の1番上の膜だけを掬うような気持ちよさと清々しさだった。

いつか、また彼女に、他の大切な友人に、誰かに手紙を書くときに、私は何も内容のないことを書こうと思う。私の日常を書いて、退屈でどうしようもない日々を書こうと思っている。

そう思わせてくれたあのコインランドリーの手紙がいつも私の心にあるのが、今は嬉しい。

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