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『恋だろ』という楽曲

数年前、wacciの「別の人の彼女になったよ」にハマったところ、友人に「男の理想だけで語ってる『元カノにこう思っててほしい』という欲が詰まってて嫌だ」と言われて、確かにな、と思った。
元彼に宛てた歌で、今の彼氏はこんなに大人で素敵なのよというマウントで今カレ「あげ」をしつつ、最終的にちょっと感情的で同じ目線な元カレのそういう子供っぽいとこがまだちょっと好きで未練たらたらみたいな歌詞である。
結局、肯定されたい元彼の歌を元彼女目線で歌わせている。
あなたも早く恋人作りなって言いながら、やっぱり会いたくなっちゃうっていう女が碌なもんか。
自分が今の恋人の立場だったら、戻れば?って言いたくなるだろうなと思う。
楽曲自体は好きだけど、共感はできないなと思った。

でもwacciの曲作りはとても良い。メロディが心地よい。

そして、今年の春、「やんごとなき一族」の主題歌として書き下ろした『恋だろ』という曲も良かった。

ドラマ自体は、庶民から上流階級に嫁ぐ中でのいろんな問題に立ち向かうアフター・シンデレラ・ストーリーらしい。歌詞の一部にある「家柄も」「年収も」「関係ないだろ」に通ずるものがあるだろう。

MVの内容は、惣菜弁当屋の男性が、客の女の子に一方的に好意を寄せるという内容。
飯を食う、洗濯をするという生活を営む中に、彼女を好きだからこそ溢れる笑顔を恋としとて表現しているように見える。
特に、彼女が毎回買って屋上で食べるのと同じ唐揚げ弁当の唐揚げを頬張っている時の表情は幸せそのもので見ているこっちが幸せになれるくらい良い表情だ。

まず、最初のドラムからとても良い。
キーボードの高い音がとても神聖で優しい。
ドラムはマーチングみたいに始まる。
応援歌みたいだし、祈りみたいな始まり方だ。

Aメロを聴くと、自信を持てない「ぼく」が、恋心を持つことへの不安や恐れ多さみたいなものを感じている。

Bメロはまるで、それをまるっと認めて受け止めてくれるみたいに優しいアクセントが置かれる。

こんな僕にもちゃんと芽生えてくれた
こんな気持ちを認めてあげなくちゃね
Uta-Net

ちゃんと芽生えてくれたに、少し好意的な評価とか、感謝みたいなものを感じる(英語で言うところのAppreciation)
そして、あげなくちゃね、という語尾に親しみと寄り添う気持ちがあるように思う。
何よりここを歌い上げるVo.橋口さんの声がすごく優しい。

その次の歌詞、サビにあたる部分の出てくる一番最初の歌詞がこれなのだ。

性別も年齢も 家柄も国籍も
Uta-Net

マイノリティのことも、どんなハードルを持ってる人もひっくるめて、恋心を抱くこと自体を否定しない。
それを置いておいて全部恋だと肯定する気持ちが、なんかとても嬉しかった。
歌い方の解説をしているしらスタさんも一番最初に性別を持ってきていることに言及していた。わかる。嬉しいよね。

関係ないのが恋だろ
Uta-Net

このサビの途中の出だしの声が強くて、本当に何もかも取っ払うみたいな、純粋に好きだって気持ちだけで恋を肯定したい気持ちが出てるみたいなとこが好きなんですよね。
ピアノの音も、なんだか曲を澄んだものにしてくれてとても良い。ロックミュージックであると同時にすごく優しい音になっている気がする。ペコンという下敷きを弛ませるみたいな音(何の楽器かわからないけれど)とても心地よい。

そして、2番のBメロ。

ねえ こんな時だけ 神様よ 聞いて
Uta-Net

普段は少しも信仰していない、都合のいい時だけ神頼みしているような人格と、それを分かっていて浅ましいと自覚しているようなところが、「こんな時だけ」に表れていて、素直で可愛らしい。
この後の歌詞もすごい。「ならないかな」と聞いているだけなのだ。願いや祈りほど強くなく、ただ本当にそんな未来が来ることがあればいいという淡い期待をすごく柔らかく表現しているような気がする。決して「なってくれますように」でも「なればいいな」でもないのだ。(これはフジファブリックの『若者のすべて』にも言える)

2番のサビも何だかすごく愛おしくなる。
相手の好きで刺さるところの三つ目と四つ目だ。

少しずるい 愛嬌も
明るさに 潜む影も
Uta-Net

wacciの歌詞の人物像を具体化している(肩までの服、なんとかって服を含む)のにふわっと大衆に当てはまりそうな共感を得るところはすごい。
上の歌詞もそうで、愛嬌があるとは言わないけどたまにでる「ずるい愛嬌」みたいな想像を膨らます。
愛嬌がない人のたまにする笑顔とか、逆にあざといくらいとわかっていても振りまく愛嬌とか、そういうのを想起させるけど、ずるいと一つつくだけで「そんなの見たら好きになってしまう」という含みを持たせてる。
明るい人が本当に底抜けに明るいかと言われればそんなことない。
皆多面的に持っている影の部分に焦点をあてることでその人の性格が立体的に現実味を帯びているような気がする。

加えて、その次の詞だ。

どうしようもないのが恋なら
素敵な残酷さが恋なら
Uta-Net

いろんなハードルがあろうと関係ないのが恋なので、そういう「しがらみ」や「困難」があろうとどうにできないのが恋といういちフレーズはわかる。
そして、その残酷さを「素敵」と形容するのがまたにくい。辛いと分かっていても思ってしまい、そしてそれが決して辛いだけではない幸いであることを示すようなこの表現がすごい。

そして落ちサビの後に、イントロと同じドラムとキーボードの音が優しく終わる。本当に強い祈りで優しい後押しみたいだ。

そして、『恋だろ』という曲名。
背中を押されて「恋ってよんでいいんだよ!」って言われている気がする。気のせいかもしれないけど、その強さが、心強い。

歌詞全体を通して、好きという気持ちを肯定してくれる強さがある。どんな恋も肯定してくれる強さがある。
上手くいくとかいかないとかそれは二の次として(もちろんその欲張りすらも認めてくれてるところを含めて)誰かを好きになるという気持ちと行為をまるっといいよと言ってくれてるのだ。
恋とはこうありたいと思う。世界がこうあってほしいと思う曲だなと思った。

つまるところ、結論は「すごくいい曲だった」に収まるのだけれど、wacciの「恋だろ」を聞いて背中を押されてる人がこの世にたくさんいればいいなという私の願いな気がする。

こんな素敵な曲を作ってくれてありがとうございました。出会えて良かった。

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