K大軽音部のカオス“ギミサムラヴィン”【第1話】ボクが嫉妬?
「なんか思ったんと違う」
軽音学部に憧れていたボクはそう感じた。
K大学は海と山と歴史の街として有名な地方都市にある。
ボクは音楽が好きで中学高校とギターを弾いていた。
独学で練習した腕前を試したくなり、大学でのサークルは軽音学部を選んだ。
高校の成績と塾で受けたアドバイスから人文学を専攻したものの、将来的な目標があるわけではない。
ボクに限らず学生の多くはそんなものだろう。
自分がよくわからないという得体の知れない不安を抱えながらキャンパスをうろついている。
バンドをやればきっかけが見つかると思った。
女の子がキャーキャー騒ぐような人気者になり、あわよくばプロデビューの可能性だってある。
それは無理だとしても、いずれ就職活動の時期になると「ガクチカ」のアピールに使えそうだ。
高校の文化祭では、軽音部の連中が体育館のステージに立って演奏する企画が見どころの一つだった。
男子によるバンドはスピッツやミスチルなどの楽曲をカバーしていた。女子部員たちはガールズバンドを描いたアニメの主題歌などを演奏していたように思う。
生徒のみならずバンドを目当てに集まった観客から声援が飛交い、拍手喝采を浴びる光景が忘れられない。
K大の入学式を終えたボクは脇目も振らずに軽音学部の部室を目指した。
新入生を部活勧誘しようと、体育会系から文化系までサークルや同好会の先輩たちが声を掛けながらチラシを配っている。
なぜか軽音学部の姿が見当たらない。
ボクは勘を頼りにサークル棟らしき建物を見つけて階段を駆け上がる。
「K大軽音部」
新歓用に作ったのか、手書きの立て看板が目に入った。
入り口は音楽室のような引き戸になっている。
念願の部室を前にしてテンションが上がりアドレナリンが出ているらしい。
普段ならば臆するところだが、勢いでドアを開けて足を踏み入れた。
「失礼します!」
少しでも印象づけようと精一杯声を張った。
つもりだった・・・。
グゥウオゥーーーーンッガゴゴゴツワーーーンッツゥォ
爆音が響いてボクの挨拶などなかったかのように掻き消されてしまう。
それと同時に衝撃波に気圧され尻餅をついた。
見ると積み上げられたアンプとドデカいスピーカーの前でストラトタイプのギターを持った男がのけぞっている。
キィーーーーーガァッッッッシューーーーーキヤーーーンッチィ
機材が壊れそうな甲高い金属音が耳をつんざき頭が混乱した。
意識がもうろうとするなか、今度は後ろからの振動を感じた。
ドンッ
それは鈍い音だった。
入り口の引き戸がすさまじい力で閉められたようだ。
ボクは騒音が外に漏れてはマズいと思い、今にも手を伸ばそうとしていた。
タイミングが悪ければ指を分厚いドアに挟まれていただろう。
一度にショッキングなことが重なるとパニックになるらしい。
本当に自分が自分でないような「ココはどこ私はダレ」状態に陥った。
ドアを思い切り閉めた人物は、そんなボクに目もくれず横を通り過ぎていく。
素早くリズミカルな足取りはそよ風を吹かせるかのようだ。
茶髪のロングヘアーをなびかせ、デニムのスカートをはいていた。
キュッキュッっとスニーカーを鳴らしながら、のけぞるギター男の後ろに立った。
ギュイーーーン
ぎゃあーーーーー!
次の瞬間、爆音が悲鳴に変わった。
男の股間を鷲づかみにしたからだ。
金髪ロングは能面のような無表情でぐいぐい締め上げる。
「いきなり何すんだよ!」
「はた迷惑なのよ!バカでかい音出して!」
スピーカーのノイズをBGMにそんなやりとりが聞こえた。
ボクは床にへたり込んだまま部室の空気から既視感を覚えた。
両親がテレビで見ていた「ウッドストック」のようなロックフェスの臭いがしたのかもしれない。
「なんか思ったんと違う」
若者が好みそうなJ-POPをやりたくてドアを叩いたのに読みが甘かった。
しかし次の瞬間、期待が外れて肩を落とす自分とワクワクする自分に気づく。
口は半開きで宙を見つめてポカンとしていたようだ。
「あなた新入生よね」
金髪ロングは振り向くとやや威圧的に聞いてきた。
声のトーンと言葉遣いはきつく、目力がハンパない。
かと思えば優しい表情をしている。
ワイルドな一方で洗練されたオーラを放つ不思議な魅力がある。
「は、はい」
緊張してそう答えるのがやっとだった。
「ちょうどいいや。俺ら先輩のライブを見に行くんだ」
ギター男はそう言った。
3年生によるバンドは「キックバックス」という。
キャンパス内の特設ステージで行われる新歓イベントに出演するそうだ。
ボクはライブ会場に向かう道すがら、ようやく事情を話してもらえた。
二人はどちらも2年生だが、専攻する学部は違うらしい。
「恩田めぐみ。ボーカル担当。メグって呼ばれてる」
金髪ロングが手短に自己紹介した。
「ボクは桃田明です。アキラって呼んでください」
「ふーん、ボクっていうんだ。カワイイ」
鼻で笑われたような気がして恥ずかしかった。
「中高と独学でギターを弾いてました。それなりに自信はあります」
それが今できる精一杯のアピールだ。
「おう。俺もギター担当だから鍛えてやるよ」
聞かずともわかってるさ。あんたの爆音ギターで危うくケガをするところだったからな。
ギター男はボクが心の中でぼやいたことなど知る由もない。
「吉良鏡一だ。キョーイチって呼んでくれ」
「キョーイチ先輩のギターはストラトタイプですよね・・・」
なんとか話題をつなげようとしたがメグに遮られた
「うちらは先輩・後輩関係なし。さんづけもなしだから」
“ロック魂”を身につけるための不文律らしい。
キョーイチがボクの質問に答えた。
彼が弾いていたのはストラトキャスターを改造したものだという。
音色のバリエーションを増やすために手を加えたそうだが、説明を聞いても理解できなかった。
キョーイチのヘアスタイルはウルフカットで染めてはいない。その風貌は最近テレビドラマに出ていた錦戸亮を思わせる。
特設ステージ前は観客でいっぱいだった。
「こっちこっち」
二人に付いていくと、顔なじみのスタッフからステージ脇に通してもらえた。
ドラムセット、ドデカいアンプにスピーカー、キーボード、そしてスタンドマイク。
こんなに近くから見たのは始めてだ。これで演奏を目の当たりにしたらどんなことになるのだろう。
期待を膨らませているとアナウンスが響いた。いよいよキックバックスの登場だ。
ギター、ベース、ドラムス、キーボードの担当メンバーがスタンバイすると歓声が上がる。
軽快なリズムのイントロが流れるなか、満を持して女性ボーカルが歌いながら現われた。
ボクも聞いたことのあるカントリーロック調のヒット曲だ。
会場の雰囲気は一気にヒートアップ。一斉に両手を挙げて手拍子すると、バンドサウンドと相まって大きな渦ができたように錯覚した。
ふと気づけば、メグとキョーイチはノリノリで踊っている。ついさっき股間を締め上げられた間柄とは思えない距離感だ。
ボクはこれまで経験したことのないほどの動揺を感じた。
バンドのパフォーマンスに圧倒されたからか。それとも楽しそうな二人が羨ましくなったのか。
このモヤモヤ感はなに?
もしかして嫉妬?
だとしたらボクはいったい誰に嫉妬しているの?
K大軽音部での日々はこうしてスタートを切った。