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K大軽音部のカオス“ギミサムラヴィン”【第2話】ジミヘンの呪縛

ジミヘン?

寝ぼけまなこで頭をもたげると伝説のギタリストみたいな顔が目に入った。

男の背景には鮮やかな赤と黄色の渦巻きが描かれている。

見覚えのないポスターから、自分の部屋ではないことに気づく。

ウッウエッ

「こっちこっち」

導かれるままトイレに辿り着くと嘔吐した。

そうか、ここは先輩の家なんだ。

ボクは記憶を取り戻しながらさらに嘔吐した。


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新歓イベントでライブを見た後、飲みに行った。

2年生の“キョーイチ”こと吉良鏡一先輩が連れて行ってくれたのだ。“メグ”こと恩田めぐみ先輩はバイトがあるからと帰ったように思う。

この街では珍しく沖縄料理を出す居酒屋で、客も沖縄出身者や沖縄ファンが多かった。

BEGINでおなじみの『オジー自慢のオリオンビール』を三線の伴奏で歌ってはカンバイを繰り返す。

ボクもそのノリは嫌いじゃない。というかむしろ大好物だ。すぐに打ち解けて、勢いでジョッキを空けていく。


皆と一緒に歌って踊ったところまでは覚えている・・・。


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「お前なぁ、泡盛をあんなに飲むからだよ」

「すみませ・・・ウッ」

キョーイチに背中をさすってもらいながらえずく。すでに胃袋に残ったものは吐きつくしたはずが、なおえずき続けた。

コップに水を入れてもらい飲んでみた。初めて二日酔いになったとき、父親から水を飲むとアルコールが薄まると教わったのを思い出したのだ。

三口ほど水を飲んで横になる。「すこし休ませてください」とキョーイチに断った。30秒もせずガバッと起き上がりトイレに駆け込む。

ウッウエッ ウエーウエーッ ウエーッ

黄色い胃液上のものを吐いてしまったら、もう生唾しか出てこない。それでもえずきが止まらない。涙が目尻からこぼれる。とにかく辛い。

「ほら、これ。ポカリ」

キョーイチが缶のスポーツドリンクを差し出した。

「それは飲む点滴とも言われるらしい。でもな。水を飲んでも吐くほど苦しいときは、グビグビ飲んだら同じことさ」

ボクがあまりに苦しむから心配したのだろう。彼はお調子者というイメージを封印して真剣に説明してくれた。

「オレだって何度も経験がある。水を飲んでも吐いたときはショックだったよ。そこで発見したのがこの対処法だ。いいか。ちびちび舐めるようにしろ。飲むんじゃないぞ。ちびちび舐めるんだ」

半信半疑で缶に口をつけて唇と舌を濡らす気持ちでちびちび舐めた。

「いいか。舐めたらしばらくじっとしてろ。5分から10分くらいして吐かなかったら、また舐めろ。それを繰り返せ」

今のボクにとって頼りになるのはキョーイチのアドバイスだけだ。言われる通りに舐めては休んだ。

吐き気が少しおさまってきたのか、横になったまま話しかける気力が生れた。先ほど目にしたポスターのことを聞いた。

「あれって、ジミヘンですか」

「さすがに知ってるな。ジミ・ヘンドリックスさ」


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オレの母親は沖縄出身だ。学生時代に“沖縄ロック”の先駆けとされるロックバンド「紫」や「コンディション・グリーン」に影響を受けた。ライブハウスで知り合った連中とバンドを組むほどハマったそうだ。大学進学のため上京して学生恋愛の末に結婚。オレが生れたってわけ。

彼女は大手企業に就職するも社風に肌が合わず退職。バリバリのやり手で起業して成功を収めCEOの座についた。父親とはオレが小さい頃に離婚したけど、仲が悪かった記憶はないね。後で聞いたら性格の不一致とか言ってたけど。姐御肌でサバサバしているのは今も変わらない。

エキゾチックな顔立ちで性格もそんなだから男にも女にもモテた。オレが小学生だった頃から、よくボーイフレンドを家に連れてきたよ。その一人がかっちゃんさ。かっちゃんはバンドのギタリストで、オレのことを子ども扱いせずギターを弾いてくれたり音楽のおもしろさを話してくれた。

母親がロック好きだからオレも小さいときから見聞きしてある程度は知っているつもりだった。でも、かっちゃんから教わったことは大きい。ロックをシンプルに音楽と捉えていた自分の認識を改めたのは彼のおかげだよ。ロックはエンターテインメントでなければ生き残れないってね。

ジミ・ヘンドリックスはかっちゃんが敬愛していたギタリストの1人だ。オレは1969年のウッドストック・フェスティバルでジミヘンがアメリカ国家『星条旗』を演奏する映像を見て雷に打たれたような衝撃を受けた。

ファズやワウペダルを体の一部みたいに使って歌うように弾くんだぜ。しかもスピーカーの大音響を利用したフィードバック奏法は神がかり的だった。ロングトーンが出せるサスティーン効果は知られていたけど、ジミヘンはハウリングをあやつって吠えるからな。あんなパフォーマンスができるギタリストは二度と現われないだろう。

ある日、知人から映画『キリング・フィールド』のDVDを渡された。映画はあまり見ないが、ぜひにと勧められてしぶしぶ借りたというのが正直なところさ。1970年代にカンボジア内戦を取材した実話を映画化したものだった。大量虐殺が行われた刑場跡を「キリング・フィールド」と呼ぶらしい。

そのような史実を知らないオレは映画から目を離せなかった。ちゃんと記憶に刻まねばならないと思ったんだ。

アメリカの兵士たちが密林を行軍するシーンがあった。どこに地雷が仕掛けられているかわからない過酷な環境だ。そんななか誰かがラジオを持って、音楽を流しながら進んでいるんだぜ。いかにもアメリカらしいだろ。そのときに流れていたのがジミヘンの『パープル・ヘイズ(紫のけむり)』だったのさ。

そんなことが重なって、オレの頭の中ではジミヘンの楽曲が鳴り続けた。

昨年、母親に誘われてかっちゃんのバンドのライブを見に行ったときのこと。オリジナル曲を中心に披露するなかカバーも数曲演奏していた。

かっちゃんが『パープル・ヘイズ』のイントロを弾き出したときは「お!やりやがったな」と嬉しくもあり悔しくもあった。


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ボクは横になって休み、ときどき起き上がってはポカリを舐める。頭に靄がかかったような状態ながらキョーイチの話しを聞いて思った。

昨日、軽音部の部室でギターを大音量で弾いていたのはジミヘンのハウリング奏法を追究していたに違いない。きっと彼はジミヘンの呪縛を感じているのだろう。

でも本当はかっちゃんを超えようとしているんじゃないかな。
ライバル心があんな轟音を出すエネルギーとなっているんじゃないかな。

そんなことを考えていたらチャイムが鳴った。誰かが来たらしい。

学生用の安いアパートだけにドアホンは付いていないようだ。キョーイチが入り口の方に向かう気配がした。

「おう」

「あれ。もしかして新人くん」

女性の声が聞こえた。

靴を脱いで入ってきたのはメグだった。

「“ぬちぐすい”で飲み過ぎて二日酔い。ただいま回復中ってところ」

キョーイチが代わりに事情を説明してくれた。

「すみません、こんなざまで」

ボクはそう口にするのがやっとだった。

吐き気はずいぶんおさまってきたものの、メグが現われて動揺したからだ。



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