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くちなしや奇譚~小棹と洗蔵~第6話「落武者」

ギンッ

刀と刀がぶつかる音が響いた。

「こんなところで斬り合いになるとわな」



庄内藩郷士・清川八郎

清川八郎は間合いをとって、構えなおしながら、ついさっきの出来事を振り返る。

昨晩は心地よく酔って飲み過ぎたようだ。今朝はあの小棹とかいう娘がまくしたてる声で目が覚めた。

山梔窩さんしかでは主の真木和泉殿と月形洗蔵殿が朝餉あさげを食べ終えて、何やら話していたところだった。平野国臣殿は朝早くから肥後に向けて出かけたらしい。

和泉殿の娘ではあるが、俺は小棹とどうも馬が合わない。昨晩は討幕について語り合っていたところ「薩摩と長州が手を握ればよいのでは」などとしゃしゃり出てくるではないか。

言いたいことは分かるが、お互いに憎み合う薩長を協力させることなど無理な話だ。犬猿の仲とされる薩摩と長州の因縁を、こんこんと説いてやろうかと思ったところ、真木殿が察したのだろう。小棹を制した。

小棹は小棹で俺を見る目がどこか冷たい。純朴な九州の男たちとは違い、派手で油断ならぬと言いたげだ。お互いにそんな調子だから馬が合わないのも無理はない。

その小棹が朝から山梔窩に駆け込んで来て早口で説明するのが耳に入った。どうやら村の子どもが「神隠し」にあったらしい。小棹は悪い予感がするから、その子どもを探しに行きたいので、月形殿にも手伝って欲しいということだった。

小棹と友だちの「おうた」とかいう娘と月形殿が血相を変えて出てゆくのを見送った後、俺は和泉殿に朝餉を勧められて遠慮なく頂いた。

和泉殿はやはり娘が心配なのか「神隠しとはのう」と口にするので、俺も仕方なく腰を上げて一行の後を追った。

「神隠し」などという怪しげな話しに首を突っ込んだらこの始末だ。


出羽国庄内藩領清川村(山形県東田川郡庄内町清川)出身の郷氏だった清川八郎。江戸に出ると千葉周作道場で北辰一刀流を学んだ。千葉定吉道場に入門した坂本龍馬とは先輩後輩の関係にある。
一説には清川と坂本は道場の試合で相まみえたことがあり、坂本が一本もとれずに完敗。清川の腕前を絶賛したところ、清川もまた坂本の人格に一目置いたという。
やがて清川八郎は尊皇攘夷派の志士を募り「虎尾の会」(こびのかい)を結成するまでになった。ある日、幕府の隠密がしつこくつきまとうので「無礼打ち」にした(清川は“仕合”と表現しているため、一方的な無礼打ちではないとの説もある)。清川はその事件によって、幕府から追われる身となった。



森の中の祠

昨夜は山梔窩の宴を終えて、叔父である大鳥居理兵衛の家に雅楽と共に泊めてもらった小棹。母・睦子から、村の子どもが姿を消す不気味な事件について聞いた。

遊んでいたはずの我が子が、ふと気づけば姿が見当たらず、いくら探しても見つからない。悲しみに暮れる母親には聞こえぬところで、「きっと神隠しだよ」と噂が立った。

その翌朝のことだ。今度は助左衛門さんの愛娘「千代ちゃん」が帰ってこないという。助左衛門さんは山梔窩によく来るので小棹も知っていた。騒ぎを耳にした小棹は胸騒ぎを覚えて、助左衛門さんのところに駆けつけた。

千代ちゃんは6歳になる女の子で、一緒に遊んでいた子どもたちによると、知らないうちにいなくなったらしい。おかっぱ頭に朱色で麻の葉文様の四つ身の着物を着ていたという。

「何か怖ろしかことが起きるかもしれん」

小棹は衝動的に飛び出すと、雅楽を連れて月形洗蔵のもとへ急ぐ。

山梔窩でいきさつを話すと、小棹の胸騒ぎが当たることを知っている洗蔵はすぐに合点した。

「おじさん!これ借りてくけん!」

雅楽は山梔窩にあった古武道の武器らしきものを手に取った。

小棹は直感を頼りに子どもの気配を探して早足で進んだ。

水田天満宮からさらに北へ上り、花宗川に沿って東へ向かう。

鬱蒼とした森の方向に気配を感じたので近づいたところ、祠のようなものが見えてきた。


「小棹ちゃん、あれ!」

雅楽が祠の上をゆっくりと旋回するカラスを見つけて叫んだ。

「まさかあいつが絡んでいるのでは・・・」

小棹の心が一段と重くなった。

悪夢で小棹を悩ませたカラスは、なぜか離縁してから夢に出てこなくなっていたのだ。

死闘

あの祠に千代ちゃんが捕らわれている。確信した小棹が歩を進めようとしたその時。

浪人風の男が二人、森の中から現れて前を遮った。

「ここから先は、入れんごとなっとる」

不敵に笑いながら、刀の柄に手をかけた。

「おうたさん、気をつけろ!こいつらできるぞ」

洗蔵が言うが早いか、雅楽はトンファーを両手に持ち臨戦態勢を取っていた。

「神隠し」と聞いて只ならぬことになるだろうと考えた雅楽は、山梔窩に置いてあった琉球古武術で使う武器・トンファーを目にして持ってきたのだ。

ただ、洗蔵は小棹に言えなかった。浪人風の男たちの魂が人間とは思えぬほど暗く、ぽっかりと穴が開いていることを。

そこに「武者」の霊が浮かんで見えることを。


ジャキンッ!

男の一撃を洗蔵が刀で受けた。音が重たい。

一方では。雅楽がもう一人の太刀筋をトンファーでかわしながら、蹴りを入れようと間合いをはかっていた。

ガシッ

トンファーで刀をはらい、雅楽が足を思い切り振り上げた。白く長い脚が男の顔をかすめて宙に舞い上がった。

男が間一髪で蹴りをよけたかと思いきや、天高く舞い上がった雅楽のカカトがその脳天に振り下ろされた。

ウグッ

男がたじろいだ隙に、トンファーが横っ面をとらえた。一瞬で勝負がついた。はずだった。

「なんで?なんで倒れんと!?」

一瞬怯んだ雅楽を容赦なく刃が襲う。

「しまった」

トンファーで受け損ねて、雅楽の腕を血がツツーっと流れた。

「大丈夫か!」

洗蔵が雅楽を助けようとするが、自分も相手の攻撃を受け止めるのがやっとだ。

手負いの雅楽に向かって、男が刀を振り上げた。

「止めてー!」

小棹が叫ぶ。

ギンッ

刀と刀がぶつかる音が響いた。

「清川さま」

小棹は目を疑った。いるはずのない清川八郎が雅楽を救ってくれたのだ。

「こんなところで斬り合いになるとわな」

清川はけだるそうにつぶやくと、雅楽をかばうようにして小棹に預けた。

「月形殿。苦戦しとるようだな」

「清川殿。油断するな。こいつら落武者に憑かれている」

「おいおい。神隠しの次は平家の落武者か」

「事情は後で話すが、本当なんだよ」

「まあよい。俺も久々に真剣勝負ができて、北辰一刀流の腕が鳴るぜ」

清川八郎の腕は凄まじかった。

まずは一人。刀を合わすこともなく素早い小手うちで、親指を斬り落としてしまった。男の右手からは血が流れ落ちている。もう刀を握ることもできないだろう。

すると、月形が戦っていた男に向かって間合いを縮めた清川。

シャリーン

刀を巻き上げて宙に飛ばした隙に、またしても親指を斬って戦闘不能にしたのである。

清川のおかげで形勢逆転したかに思えたが、それでは終わらなかった。

「どいてろ」

「親方!」

二人がその声にかしこまると、後ろから武士が現れた。浪人風ではなく、いかにも武士という風格だ。

「ほう。まだ楽しめそうだな」

嬉しそうに口角を上げて、清川が挑発した。

その瞬間

ヒュン、パチン

武士の刀が鞘におさまったときは、すでに清川の袖が切られていた。

「なるほど。やるな」

鞘から刀を抜くとともに相手を斬り、そのまま刀を鞘におさめる「抜刀術」の原型は平安時代からあったといわれる。

清川八郎は隙を見せることなく、中段に構えた。

「清川さん、やっぱり飲み過ぎやないと。剣先がふらふらしとうよ」

「うたちゃんっ」

雅楽の遠慮ない本音に小棹がつっこむ。

「いや。北辰一刀流の極意に鶺鴒せきれいの尾みたいに剣先を動かす構えがあると聞いたことがある」

洗蔵はそう話しながらも不安を拭えなかった。

「あの親方と呼ばれる武士。魂が紫色をしちょって、ほかの二人とは光が違う。かなりの使い手ばい」

「え、やっぱり見えるんだ。魂が」

「どんな霊なの?」

洗蔵は、雅楽と小棹がいたずらに動揺せぬよう教えることにした。

「はじめの二人は魂が暗くて、黒い穴がぽっかり開いていた。憑いている霊はたぶん平家の落武者だが、力が弱いように思える」

「今、清川殿と対峙している武士は魂が紫色でもっと明るい。霊はやはり落武者みたいやけど、かなり名のある武将と見た」

清川は剣先を鶺鴒の尾のように上下させながら、相手の気をそらして間合いを詰めていく。

間合いに入った瞬間、親指を狙った。だが、相手は待っていたかのようにつばでよけつつ突いてきた。

強烈な突きが清川の首をかすめた。清川が反射的に身を捻らなければ喉を貫かれただろう。

洗蔵は何とかしたいが、腕が違いすぎて足手まといになるかもしれない。

「落ち着け。相手の弱点を探すんだ」

己に言い聞かせて、相手の武士の魂を凝視した。

すると、紫色をした魂の左側が心なしかくすんでいる。落武者の霊をよく見ると、左目が潰れているのが分かる。

そうか、戦で左目を傷つけられた名残が魂にも出ているのだ。

「左だ。左側に隙が出やすいぞ」

洗蔵の言葉を信じて、清川は右へ右へと回り込みながら隙をうかがった。

もちろん剣先は鶺鴒の尾を続けている。

武士の足さばきが乱れたのを見逃さず、今度は清川が突きを放った。

「グオォーーー」

右目を突かれた武士は咆哮とともに斬りかかってきたが、清川は落ち着いて袈裟切りで止めを刺した。つもりだった。

バッサリ斬った手応えを感じたはずだが、武士は倒れない。

「なぜ死なぬ。落武者の霊が憑いているからか」

清川八郎は月形洗蔵を睨んだ。

「わからん。俺は魂は見えても、霊を祓う力は持ち合わせとらんのだ」

たじろいでいると、先に倒した二人も起き上がり、武士と三人で刀を構えてじわりじわりと迫ってくる。

白目をむいてすり足で進む姿は、まるで何かに操られているようだ。

小棹と雅楽は言いようのない恐怖を覚えた。

洗蔵の脳裏には万事休すという言葉が浮かんだ。

「もうよいっ」

そのとき、祠の方角から凜とした声が轟いた。


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第一話「予感」 小棹の胸騒ぎ

第二話「出会」 侍の正体

第三話「告白」 離縁の真相

第四話「禁断」 洗蔵の独白

第五話「梁山泊」 山梔窩での密談

第六話「落武者」 謎の祠での死闘

七話「怨霊」 按察使局伊勢とカラス

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『神官と秀才、幕末の京に散る ~真木和泉、久坂玄瑞の絆~』


※画像は『フォトAC「日本刀と侍(作者:acworks)」』、『フォトAC「霧に覆われた崖の上で(作者:旅するししゃも)」』および『フォトAC「戦国時代の武士(作者:kei6)」』より


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