高2女子がゴイサギとリンクしたら世の中が1ミリ動いた【第13話】地獄裁判
被告、朱雀坂七津姫。
菅原道真殿がゴイサギと意思疎通するため脳内に作った私的空間に無断で侵入しようとした。
不法侵入未遂ばかりか、神の領域を犯そうとしたその罪は重いぞ。
閻魔大王は地に響くような太い声で申し渡した。
私は人間界の裁判について詳しくはない。漫画やテレビドラマとかで裁判所のシーンを見た程度である。
地獄裁判は人間の裁判とはちょっと違っていた。裁判官も検察官も弁護人もおらず、閻魔大王が全てを仕切るようだ。
もちろん傍聴席には誰もおらず、このままでは閻魔大王が淡々と進行して私が罪人となるのは目に見えている。
私は納得できない。それって「えん罪」じゃないの?
「あの…」
どうせ地獄に行くのならばできる限り反論してやろう。そう意を決して口を開いた。
「なんじゃ、申したいことがあるならば申すがよい」
閻魔大王は意外にもすんなり発言させてくれた。
これは一方的に原告の言い分だけではなく、もしかするとこちらの事情も考慮してもらえるかもしれない。
「私は親友のゴイっちが…。あ、そのゴイサギは名前をゴイっちていうんです。脳内交信するときにピンク色の部分がが現れてからゴイっちの様子がおかしくなったんです」
学校では質問したり意見を言うことなどないのに、必死に主張する自分に驚いた。
ところが相手も黙ってはいない。
「待たれよ」
「菅原道真殿。発言を許す」
閻魔大王に許可を得て道真公が痛いところをついてきた。ゴイっちを助けたうえ、脳内交信できるのだからその関係性は計り知れない。
「なつきとやら。ゴイチのことを親友と申すが、当のゴイチはそなたがピンク色に迫ることを拒んだではないか。勝手に侵入しようとしたことは否定できまい」
「うう…」
不法侵入を疑われてはぐうの音も出ない。そもそもそんな認識がなかったのだから。それでも何とか反論するんだ。頑張れなつき。
自分を鼓舞しながら、頭をフル回転させた。「私は今までよくやってきた!私はできる奴だ!」もう気持ちは『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎である。
「私は以前のゴイっちを知っているからわかるの!ゴイっちの脳にピンク色の部分を作ってマインドコントロールしているのはあなたの方じゃん。元のゴイっちを返して!」
「そなたもか。ゴイチといい敬語を知らぬらしいのう。それに洗脳は罪ではなかろう」
道真公の言葉にさっきまでのように勝ち誇った感じはなかった。反論も理論的というにはほど遠く、言い掛かりのようにさえ思えた。
「道真殿。ここでは罪か否かは私が判断する。人間界の常識をもとに余計な邪推はしなくてもよい」
「それに気持ちはわからんでもないが、敬語云々は裁判と関係がないことだ。無意味な発言は慎むように」
閻魔大王から続けざまに窘められて道真公の顔色が青ざめた。
援軍来る
私はてっきり閻魔大王から地獄裁判で「血の池地獄に100年間の刑とする」などと命ぜられるのだろうと思っていた。
もちろんその可能性はなくなっていないが、当初に比べて形勢ややよしという感じだ。
「状況的証拠がもう少しほしいのう。双方とも、証言者を呼んでもよろしい」
閻魔大王は平然と言うが、地獄まで誰が来るというのか。
「呼びたい者の名前を挙げて申請すればそれでよい」
私の懸念を察したように補足した。
「じゃあ、クラスメイトの立花寺君枝をお願いします」
ゴイっちのことを知っているのは君枝しかいない。それに君枝ならばきっと力になってくれると踏んで名前を挙げた。
「では、私はゴイサギのゴイチを」
道真公も今回の件で証言者といえばゴイっちしかいない。「ゴイチ」って呼ぶのが気になるが、平安時代の訛りみたいなものだろうか。
閻魔大王が目で命じただけで、黒服の鬼が風のようにどこかへ走り去った。
君枝をどうやって連れてくるのだろう。などと考えている間もなく、君枝とゴイっちが現れた。そう、ここは地獄なのだから次元が違うのだ。瞬間移動みたいなことが可能なのだろう。
「なつきー!あなたも連れてこられたの?なんなのよこれ!」
「ごめんね君枝。私がゴイっちと脳内交信してピンク色を超えようとしたら、不法侵入容疑で訴えられたの」
私は手短に説明しようとしたが、君枝はポカンとしてすぐには事情を飲み込めないようだった。
私はさらにピンク色の部分を作ったのが菅原道真公であること。道真公が私を訴えたため、地獄に落とされて地獄裁判が行なわれていること。裁判官ではなく閻魔大王が仕切っていることなどを補足した。
「そっかー。なつきにピンク色を超えるよう勧めたのは私だし、無関係とは言えないわね」
君枝は私とゴイっちについて知っているから事情を理解してくれた。しかも地獄裁判に呼ばれたことがちょっぴり嬉しそうだ。目が何かを発見したときの学者みたいに輝いていた。
片や道真公側にはゴイっちが連れてこられた。私としては複雑な気持ちである。
暴かれた真相
「証言者は、被告朱雀坂七津姫をよく知っているのか」
閻魔大王が質問した。
「うん知ってるよ。なつきだろう」
「むむっ…(いかんいかん、さっき敬語など関係ないといったばかりではないか。落ち着け閻魔)」
ゴイっちの答えを聞いて瞬間的に頬をピクつかせたように見えたが、閻魔大王はさらに続けた。
「朱雀坂七津姫がそなたと脳内交信した際、制したのを聞かずピンク色の部分に侵入しようとしたというのは本当か」
「ああ、ホントだよっ。だって道真公が…あっいけね…」
ゴイっちがつい口を滑らせたのを君枝が聞き逃さなかった。
「つまり、ゴイっちは道真公からピンク色部分の秘密をなつきに知られないように、口止めされていたのね」
「誘導尋問ではないか」
道真公が慌てて口を挟んだ。
しかし人間界の裁判とは違い、進行は閻魔大王のさじ加減次第である。その閻魔大王は君枝の話しに興味津々のようだった。
「ゴイっち。あなた、なつきから命を救われたくせに、脳内リンクできるようになったら散々利用したわよね。君枝を操って学食で定食をむさぼったり、池の鯉を丸呑みしようとしたりやり放題じゃないの」
君枝はゴイっちと直接関わっていないから批判するのも容赦がない。
「道真公からも命を救われたから恩を感じるのはわかる。だからって、なつきと脳内交信するのを避けるのはどうなのかなぁ。なつきはあなたを本当に心配しているから、呼吸法を練習してまでピンク色の真相を突き止めようとしたのよ。それなのに罪を着せられて地獄裁判にかけられるなんて、どう考えても理不尽よ!」
君枝がまくしたてるのをじっと聞いていたゴイっちが反応した。地獄裁判だから君枝とも意思疎通できるらしい。
「ボクだって、なつきとは今まで通り気軽に交信したいよ。でも、ピンク色の秘密はまだ教えられないって、道真公がいうんだもん。あ、言っちゃった」
「そこまでじゃ」
閻魔大王が割って入った。険しい表情はしておらず何か妙案を思いついたように頷いた。
「菅原道真殿。どうじゃろう、もはやピンク色の秘密とやらを明かすべきではないのか」
「閻魔大王に言われてはやむを得まい。なつきとやら、これはそなたたちにも大いに関係があることだ」
道真公が観念して明かしたところによると、高良山の一角を開発のためという理由で伐採する計画が内密に進んでいるという。広大な森林を整地してレクリエーション施設を作るらしい。
何ら問題なさそうだが、それだけの土地を開拓すれば、膨大な数の草木と鳥や獣の居場所を奪ってしまうことになる。
道真公は人間と意思疎通ができるゴイサギの存在を知って、その計画を阻止するために利用できないかと考えたそうだ。
「ゴイチにその件を明かしたところ、自然を脅かす人間の横暴に憤ってのう。協力してくれることを約束してくれたのじゃよ」
道真公の言葉を受け止めて、閻魔大王が早々に判決を下した。
「被告朱雀坂七津姫。原告菅原道真殿およびゴイサギと共に力を合わせ、高良山を伐採の危機から救うこと。それを条件に無罪とする」
私は地獄に落ちるのを免れたようだ。ピンク色の真相とゴイっちの本心もわかって安堵した。ただ、とてつもない難題を突きつけられてしまった。
【14話】へ続く
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