歴研部員「橘の君」事件簿【第2話】消えた妖刀 Ⅱ
私が歴史研究部を訪れて挨拶したその夜、またしても「通り魔事件」が起きた。
翌朝のニュースで緊張した表情の女性キャスターがやや早口にしゃべっている。
「昨晩11時頃、福岡市内にあるマンションの地下駐車場で『人が血を流して倒れている』との通報がありました…」
前の事件から一週間余りで起きただけに、各メディアもより大きく報じた。
警察によると倒れていたのは40代の男性で、すでに出血性ショックにより死亡していたという。鋭利な刃物のようなもので左側の首から斜めに切られていたそうだ。
一部ネットニュースでは最初の被害者が病院で息を引き取ったことを伝え、傷口から見て二件とも同じように日本刀で切られた可能性を示唆している。被害者の金品などは持ち去られておらず、その手口から世間では事件の呼び名が変わった。
「辻斬事件」だ。
歴研部「刀剣を知る集い」
歴史研究部は役員交代で4月より3年生の里中光代さんが正式に部長となった。新入部員歓迎の「刀剣を知る集い」を企画したところ参加者は5名の予定だという。
私は里中さんと2年生の万代“立ちション”幸佑先輩はすでに知っているが、部員は現在のところ男子8人、女子7人の総勢15人になるという。それぞれ興味がある歴史を自分で調査研究しており、ほとんど部室に顔を出さないメンバーもいるらしい。
そんな話をしていたところに見知らぬ女子が入ってきた。
「立花寺さん、ちょうどよかったわ。こちらが新入部員の…」
里中さんが私に紹介しようとすると、元気いっぱいに自己紹介をはじめた。
「はじめまして!新入生の新開アンナです。理学部化学科を専攻してます」
「はじめまして。私は新入生の立花寺君枝。スポーツ科学部です、よろしくね」
私が挨拶を返すと、新開アンナは緊張が和らいだのかマイペースにしゃべり続けた。
「じゃあ同じ新入部員じゃん。わたしぃ~、『刀剣乱舞』が大好きなんだ。新入部員歓迎企画を知って即入部を決めたの! 刀剣女子で眼鏡女子のアンナって覚えてね、うふっ」
「え、ええ、よろしくね」
私がそのノリにタジタジとなっていたら、後ろから茶々が入った。
「ほぉ。橘の君に刀剣女子か~、今年の歴研部は面白くなりそうだな」
振り向くと奴だった。
「僕は万代幸佑、薬学部2年生。よろしく」
「万代さん。新開アンナです。よろしくお願いします」
お互いに挨拶を終えたところで、私は改めて新開アンナを観察してみた。
黒髪ロングのポニーテール。細いフレームの丸メガネ。膝丈スカートにスニーカーを履いている。
まだ子どもっぽさが残る顔立ちとしゃべり方はアイドルっぽい。
かと思えばトレーナーの上からでも胸のふくらみとウエストのくびれがわかる豊満なプロポーション。
なるほど、万代幸佑の反応が心なしかハイテンションに思えたのはそのせいだろう。
結局、新入部員は私と新開アンナの2人だった。「刀剣を知る集い」には部長の里中光代さんと副部長の桜田宏明さん、2年生の万代幸佑先輩が同行してくれるという。
「越すに越されぬ 田原坂」
今日はいよいよ土曜日。朝9時に部室集合。実家暮らしの副部長が自前の乗用車を運転して現地に向かう段取りだ。
私やアンナちゃんはつい先日まで高校生だったので早起きは苦にならない。しかし大学生活にどっぷり浸かった先輩たちは朝に弱いのではないかと懸念された。
ところが、3人とも新入生よりずいぶん早く部室に来ていたらしい。私が8時半頃に行くと何やら忙しそうに準備していた。いかにも早起きが苦手そうな万代先輩でさえやる気満々という感じだ。
「すみません。遅くなりました」
私は予定時間より早く着いたが、後輩としてそのように挨拶した。
「いいのよ気にしなくて。私たちは持って行く資料やカメラを確認していただけだから」
里中さんが優しく応じてくれた。
「おはようございまーす。皆さん早いんですねー」
ほどなくするとアンナちゃんが到着して全員集合だ。
「皆そろったわね。じゃあ、桜田くんよろしく」
「新入部員と顔を合わせるのは初めてだよな。副部長の桜田宏明。法学部法律学科3年。本日は運転手も務めるのでよろしく」
「よろしくお願いします!」
「よろしくですー」
私とアンナちゃんはそれぞれ自己紹介した。
桜田さんはサイドを刈り上げず長めにしたアイビーカット風。スタイリッシュな黒縁メガネをかけた真面目なタイプと見た。
そんな桜田さんが運転する5人乗りコンパクトカーは、目的地「熊本市田原坂西南戦争資料館」を目指して太宰府ICから九州自動車道に入った。下り車線を1時間弱走って植木ICで降りると、15分ほどで資料館のある田原坂公園に着くそうだ。
私の個人的な感覚かもしれないが、広々したとはいえない車内で後部座席に座るのは女性3人だろうと思っていた。新入部員2人と万代先輩が座ったのは意外だ。もしかして里中さんと桜田さんはかなり親しいのではないかと勘ぐってしまう。
蓮華大をスタートするとそんな妄想を楽しむ暇もなく、里中さんによる「予習」が始まった。
「西南戦争は知ってるわよね。西南の役ともいうわ」
私は日本史の授業で覚えた記憶を総動員して「西郷隆盛の…」と答えようとしたところ…。
「西郷隆盛といえば明治維新の立役者ですよ。でも当初は明治新政府に参加していたけど、盟友の大久保利通たちと意見があわず新政府を辞めて故郷の鹿児島に帰っちゃうの」
アンナちゃんが立て板に水の如く話しだした。
「“人斬り半次郎”こと桐野利秋や篠原国幹、村田新八をはじめ西郷さんを敬愛する一派が、西郷さんを担ぎ上げたといってもいいんじゃないかなぁ。薩摩の藩閥と大久保ら新政府との対立は深まるばかり。とうとう西南戦争が勃発するのよ」
私は彼女が見た目からは想像できないほど堂々と説明するのでポカンとして聞くしかない。
「そうね。『佐賀の乱』をはじめ士族による反乱が続いたこと。薩摩の私学校開設や火薬庫襲撃事件。いろいろな要因が重なってのことだけど、そこまで触れるとキリがない。 新開さんのポイントを押さえた説明はおみごとよ」
「やたー」
「じゃあ、新開さん。『田原坂の戦い』についてはどうかしら」
「はい。西南戦争のうち田原坂での激戦は最も熾烈を極め、17日間にも及んだんです。官軍も薩摩軍も多くの戦死者を出した末、官軍が田原坂を制して突き進みました」
「そうね、新入部員としては十分でしょう。よくできました」
里中さんとアンナちゃんの個人授業みたいになっているが、私などほとんど知らないのだからここは致し方ない。
すると運転しながら副部長の桜田さんが歌いだした。
「雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ 田原坂」
なかなかの美声である。
「ってね。熊本県民謡にも歌われてるけど、僕が最初に知ったのは南こうせつとかぐや姫がそれを元に歌った『変調田原坂』だなぁ」
「え、あのフォークグループのかぐや姫ですか!?」
私は知っている話題が出たから飛びついた。
「桜田くんは昭和歌謡やフォークソングに通じてるの。まあそれも歴史と言えなくもないわね」
里中さんが教えてくれた。
「当時の田原坂は一週間も冷たい雨が降り続いたの。新型銃を装備していた官軍に対して旧式銃を使用していた西郷軍は火薬が湿ってしまい苦戦したそうよ。それで銃を諦め刀を抜いて斬り込んだため、官軍には勇猛で知られる薩摩隼人を怖れて逃げる者もいたというわ」
「でも、薩摩軍は官軍を防ぎきれなかったんですよね」
私は自分がよく知らないことでも、気になるととにかく確かめたくなる性格だ。
「官軍も怖れてばかりではなかったの。腕に覚えがある警察官などで結成した抜刀隊が白兵戦で健闘したそうよ」
「資料館ではそんな薩摩軍や官軍が使ったであろう刀剣を見られるかもな」
里中さんの説明に続き万代先輩まで口を開いた。
「うわー!ワクワクしてきちゃったー!」
刀剣女子・新開アンナにとって大好物なのだろう。
そんな彼女の出会いから事態は思わぬ方向に動き出すのだが、この時は知る由もなかった。
【第3話 消えた妖刀 Ⅲ】へ続く
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画像は『無料の写真素材・AI画像素材「ぱくたそ」 一刀両断JKの無料写真素材 作者:マダムはしもと』
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