K大軽音部のカオス“ギミサムラヴィン”【第3話】ドラモリ参上
「だいじょぶなの?顔が真っ白だよ」
メグは心配してくれたが、ボクの心はどんよりした灰色の空みたいだ。
今日の彼女はブラックのワンピースを着て洗練された“パンクロック”を思わせた。
眩しいメグにゾンビのような土色をした最悪の状態を見られたくない。
そんなボクの気持ちを知る由もなく、キョーイチに用件を切り出す。
「6時から部室で顔見せだから。その前にちょっと話しとこうと思って」
「あいつも来るのか」
キョーイチが眉間にシワを寄せるのがわかった。声のトーンからしていい話しではなさそうだ。
「昨日、バイト先にコーヒーを飲みに来てさ。退院したからよろしく!だって」
「ふんっ、あいつらしいな」
「あのーっ」
ボクは不安になった。二人が“あいつ”とやらのことを深刻そうに話すのを耳にしていいものか。
「あ、アキラ。聞こえちゃった?」
メグがとぼけた。生気がないボクの存在を無視して会話していたと思うと寂しい。
「まあいいさ。いずれお前も会うことになるんだし、予備知識はあった方がいいかもな」
キョーイチによると2年生の森武雄(もり たけお)は軽音部の問題児だという。
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あいつの場合、自分の考えを曲げないと言えば聞こえはいいが頑固すぎるんだよ。昨年、軽音部に入ったときも『そういうの嫌いなんで』って携帯番号を教えず、メアド交換も拒否してドン引きされた。個人の自由なんだろうけどさ。先輩たちもコミュニケーションが取りづらそうだった。
しかも感情の沸点が低いのか、すぐイラついて顔に出る。暴言を吐くだけじゃなく、手を上げそうになるからたちが悪い。オレも最初は距離を置いて様子をうかがった。しかし練習は一緒にするから嫌でも顔を合わせる。
オレが我慢して済めばいいけどそうはいかない。先輩に対しても音楽性が違うと食ってかかるから、同級生のオレやメグまで巻き込まれて3年生との関係がギクシャクする始末だ。最近は軽音部の評判にまで響いてきたらしい。
何とか心を通わせることはできないものか。そう思ったオレはときどき行くロックバーにあいつを誘った。普段も音楽の話しはするから二つ返事だったよ。
久々に来日したこともあってビリー・ジョエルのレコードばかり回してた。カウンターで『ガラスのニューヨーク』や『アレンタウン』を聴きながらいい心持ちでダベってたのさ。客が増えてくるといくつかのグループがフロアのあちこちでリズムに合わせてノリはじめる。そんななか大声で歌いながら踊る黒人の男が一際目立った。
「ボブ」と呼ばれるその男はプロレスラーのような図体をしているからすぐにわかる。オレがたまに来たときもよく踊っている。踊るというよりはデカい体を揺するという感じだ。でも店が混んでいたからボブが勝手気ままに踊るには狭かった。他の客たちは彼にバンプされる形になってしまう。女性は「きゃっ」とよけ、男性は睨みつけていた。
ふと気づいたら隣で飲んでいたはずのあいつがフロアで踊ってるじゃないか。しかもボブに近づいていく。
おいおい、まさかここで「発動」か?やめとけよ! オレはハラハラしながら見ていたが、悪い予感は的中した。
ボブの分厚い胸板に肩をぶつけると一瞬はじかれたあいつ。しかしめげずにリズムに合わせて何度もボブにタックルするあいつ。ひ弱そうな日本人の敵意を感じてボブは胸ぐらを掴む。
「be friendly」
「なんちかきさん」
ヤバい。おくに訛りが出るのはかなり酔ってる証拠だ。オレはあわててあいつを羽交い締めにする。
「be friendly」
「なんちやおまえ」
「まあ抑えて。彼が言ってるでしょ。仲良くやろうって」
知らないおじさんが割って入り、あいつをなだめようとした。
いやいや。おじさん。ボブの形相と仕草から「仲良くやろう」とはとれないだろう。
オレは冷静に心の中でツッコミながら、あいつを引きずるようにカウンターまで戻らせると、会計を済ませ店を出た。
あいつの頑固ぶりを改めて知らされる羽目になったものの、ちょっと見直した夜だった。
翌日、部室に行って耳を疑った。あいつの実家から大学に連絡があり、入院したため休校するという。詳しい事情はわからないが、脳しんとうを起こして救急搬送されたそうだ。
あいつはオレと別れたあとで再び店に戻ってボブを探したに違いない。オレは直感した。そしてあいつの“頑固”に対する認識の甘さを痛感した。
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「ざっと話せばそういうことさ」
あいつについて語り終えたキョーイチの表情は、心なしか穏やかに見えた。
「ホンモノとのご対面が楽しみでしょ」
メグがいたずらっぽく微笑んだ。
彼女はあいつの件を伝えると帰ったが、ボクがいたから遠慮したのかもしれない。
まさか二人は付き合っているのかなんて聞けない。
二日酔いのむかつきはほとんどなくなったが、別のモヤモヤが胸に残った。
型破りな滑り出し
部室のテーブルには花柄模様の包装紙が敷かれ、ポテチや激辛スナックがパーティ開けで並んでいた。チョコやクッキーは箱に入ったままだ。コーラやお茶のペットボトルと紙コップがセッティングされている。
キョーイチとメグのほかに知らぬ顔が4人。ボクを入れて7人か。どれが“あいつ”なのかはわからない。
「2年生。恩田めぐみ。メグって呼んでね」
メグが挨拶代わりに自己紹介した。ハキハキとして通る声はリーダー的な立場にあることを感じさせる。
「K大軽音部はこれまで学年ごとにバンドを組んできました・・・」
彼女はひと呼吸すると続けた。
「でもね。2年生はまだバンドを結成していないの。だから新入生と一緒にやらせてください」
「よろしくお願いします」
メグはまるでアイドルのように深々と頭を下げると15秒くらい1ミリも動かなかった。
思わぬ展開に数人が目を白黒させたが、たぶん新入生だろう。ボクだってびっくりしたさ。
「だから今日は2年生と新入生の顔合わせです。他の先輩たちとは来週行われる歓迎会で交流することになります」
メグが事情を説明すると、ざわつきが少しおさまった。
「オレは吉良鏡一。うちの軽音部では“さん”づけなしだから・・・」
キョーイチが自己紹介をはじめたそのとき、入り口のドアが勢いよく開いた。
「よー!ひさしぶりー!ていうか新入生の皆さんよろしく!」
「ちょっとっ!キョーイチが挨拶してるでしょっ」
メグが険しい顔でたしなめるが、あいつには通じない。
「ドラム担当の森武雄だ。ドラモリって呼んでくれ」
ドラモリはスティックを握ってドラムセットの方に向かう。
「いいか。バンドをやるならエンターテインメントを追究しろ」
彼は進行そっちのけで勝手にドラムソロをはじめた。
ドコドン ドドドドドド ャカジャン ズチャチャズチャチャ
スチャスチャ ドドドドド グワッシャーンズシャーン
ボクはドラムを叩いたことはないがグルーブ感はわかる。
圧倒的なパワーと隙の無いフレーズに背筋がぞくぞくした。
ギュイーーン グガガグガガジャカ グガガガガガジャン グオーン
すると怒濤のドラムソロに爆音が襲いかかった。
キョーイチがギターを大音量で引き出したのだ。
「やめて・・・まだ・・・ないでしょー」
メグが必死に止めようとするも叫び声はむなしく吸い込まれた。
頬を紅潮させ、額に汗を滲ませながらアドリブバトルを繰り広げる二人。
鬼気迫る光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くす新入生たち。
ボクはなぜ2年生がバンドを組めないかわかった気がする。
【参考映像】
数々のミュージシャンのバックでドラムを叩き続けている
CHARGEEEEEE…のドラムソロ
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