noteの街に風が吹く:小説的考察【5話】“新しい風”とスキ論争
私の名は「ムギ」。
両親や大学生の弟との実家暮らしだが、会社には真面目に出勤している。
仕事以外の時間は、ラジオを聴きながら「note」を読んでストレス発散することが多い。
世間には、ラジオと読書を同時に楽しむのが難しいという人もいるらしい。
私は中高生の頃から勉強しながらラジオを聴いていたので、DJが耳元でしゃべっていても文章を読んで感動できる。
バス通勤しているときや散歩中はラジオが聴けるスマホアプリを使う。
自宅では番組をリアルタイムで聴くならばラジオチューナーだが、シチュエーションによって有料アプリのタイムフリーやエリアフリーを頼る。
ただ、noteにハマってからは記事に入り込んでしまい、ラジオの方がうわの空になることがたびたびだ。
note公式では「note」について「クリエイターたちが投稿した文章・画像・音声・動画などのコンテンツを、ユーザーが応援できるメディアプラットフォーム」と説明している。
私はnoteにアカウントを開設してニックネーム「ムギ」を名乗っているが、もっぱら文章を読むだけでコンテンツを投稿するつもりはない。
公式による「読者としてnoteを楽しむ方法」では読者もクリエイターの1人だという。記事を読んで反応を示すため「スキ」を押したり、「フォロー」したり、「コメント」してみようと呼びかけている。
私はまだユーザーとなって日は浅いが、さまざまな記事を読んでいると「スキ」や「フォロー」の在り方について持論を展開するクリエイターが少なくない。
『著作権協会』さんはnoteの現状について、アカウントを取得してアイコンやニックネームはあるもののプロフィールを紹介しないケースに言及している。記事を1つも投稿しないため、ほかのクリエイターに「スキ」を押したとしてもコンテンツがないから「スキ返し」さえない。この不思議な現象を“新しい風”と表現していた。
どうやら、私「ムギ」は“新しい風”の部類に入るらしい。
noter仲間と「スキ・フォロー論争」を語る
今日は同じ職場の新屋敷純子さんをランチに誘った。この春に転職した間柄で「同期」とはいえ、私より年上になる。
4月1日のことだ。私が彼女の机や社内のトイレに「辞めろ」と書いたことから騒動になった。それをきっかけに新屋敷さんはnoteを始めたのである。
彼女がニックネーム「ジュン1ダース」として初投稿した『エイプリルフールの悲劇 上司の言葉に耳を疑った件【実話】』が目にとまったときはさすがに焦った。
私はマイペースで仕事をする彼女に嫉妬したためつい嫌がらせをしてしまったのだ。しかし職場で新屋敷さんに会って詫びたところ、すんなり赦してくれた。
noteに書いたことで「カタルシス効果」によってスッキリしたようだ。
それ以来noterどうしで意気投合して、二人で話すときは「ジュン」「ムギ」と呼ぶほど仲が良い。
この日はじっくり話したい気持ちだったので、私が知っている落ち着いた感じの静かなお店を選んだ。
会社近くの大通りから一本入った裏通りにある定食屋で、安くて美味しいわりに混んでない。
一人で切り盛りするおばちゃんに日替わり定食のメニューを聞いたところ「すき焼き風定食だよ」という。二人ともそれにした。
注文を済ませてから、隅っこにある目立たないテーブル席に座った。
「ジュンは“新しい風”って知ってる?」
私は早速、noteの話題を切り出した。
「何それ?また政党ができたとか…」
ジュンが怪訝そうにするので、私は『著作権協会』さんが書いた例の記事についてざっくり説明した。
「ふーん、そうなんだぁ。私は気にしなかったけど、確かにムギのアカウントにはプロフィールがないわね。記事もない。そういう風潮を“新しい風”ってたとえたわけね」
「私はジュンの記事だけにはコメントするけど、ほかのクリエイターにはしないようにしてる。記事が気に入ったらフォローすることはあっても、スキはしないかな。スキ返しはできないわけだし」
ジュンは私の立場を配慮するかのように、黙って定食を食べていた。
“新しい風”の私と違い、ジュンは記事を毎日のように投稿している。フォロワーも増えており、スキの数も多いときは3桁に上る。
「はじめは、スキをもらった相手には必ず記事を読んでスキを返していたんだよね」
胸中を明かすジュン。
「でも、フォロワーが1,000人を超えた頃からスキもドンドン増えて、記事を読むのが追いつかなくってさぁ。ちゃんと記事に目を通してスキを返したり、コメントしていたらあっという間に数時間経ってしまう…」
葛藤する表情でさらに続けた。
「ムギみたいな“新しい風”の存在が羨ましい。あのとき座敷…noteに詳しい友だちから言い聞かされたのを思い出すわ。『スキを気にせずにのんびり散策したい、そんな人もいることを忘れないように』って」
私はジュンが思いのほか葛藤していることを知った。そこでスマホを取り出して気になる記事を示しながら疑問をぶつけてみた。
「大きく分けたら、記事を読まずにスキを押したりフォローしている可能性を指摘する不満の声と、どのような形であれスキやフォローは嬉しいという声があるみたい…」
「それにクリエイターが書いた記事を読まないでスキを押すのは失礼ではないかと訴える人がいれば、一方では記事を読まず挨拶代わりで気軽にスキを押しているという人もいるのよ。本来はどうあるべきなのかしら」
ジュンは私の問いかけに、またしても考え込んでしまった。
「うーん、私は斜め読みでも記事に目を通してスキを返すべきだと思う。でも正直なところ、スキを押した相手がそもそも記事を読んでくれているのか疑心暗鬼になることもあるわ。どうせ相手も読んでないんだからって考えちゃうと、超速で斜め読みしてスキを返しちゃうかも」
私はふと『創作大賞2023』の受賞作「ナースの卯月に視えるもの」が書籍化された秋谷りんこさんの言葉を思い出した。
秋谷さんは今年4月に投稿した「創作大賞2023年受賞者が、書くときに心がけた10個のこと!」のなかで、運営側が募集する際に「スキ数も評価の基準になります」とアナウンスしたときの心情を吐露している。
アナウンスを受けて、当初は「自由なプラットフォームであるnoteも、スキ稼ぎをしている人たちの場になってしまうんだ」「結局、フォロワー集めをしている人が有利じゃないか」と戸惑ったという。ただ、よくよく考えたところ『創作大賞』は「スキ数」などよりもっと厳しい世界で勝ち残らねばならないことに思い至ったそうだ。つまり、秋谷りんこさんも一部で「スキ稼ぎ」や「フォロワー集め」があることを感じていたことになる。
そんなことを考えていたら、ジュンがスマホで記事を見せてきた。
『けろっぽ』さんが4月に投稿した「えっ? スキがポイントに!? 【最後に記事紹介あり】」だった。「スキ数に応じてポイントが貰える」システムを導入すれば、クリエイターがnoteを続けるモチベーションにつながると提言している。
ジュンは斬新なアイデアに興味を持ったようだが、しみじみとこぼした。
「皆どうにかしてnoteを盛り上げたいと真剣に考えているのよね。私にはとてもそんなシステムを作ることはできないけど、いずれ何らかの形で実現するような気がするわ」
私の方からランチに誘いながら、ずいぶん深刻な話になってしまった。重たい空気を変えるきっかけになればと考えてデザートをオーダーした。
「おばさーん、まだメロンクリームソーダありますか」
このお店の隠れた人気メニューだ。
おばさんが鮮やかな緑色のソーダにバニラアイスとサクランボが映えるグラスを二つ運んでくると、ジュンに笑顔が戻った。
「うわー、昭和レトロな雰囲気があって素敵!」
私はそんな彼女の単純なところが好きだ。ハイテンションぶりが嬉しくなって口をついて出た。
「ところでジュン。あなたも『創作大賞』に応募してみたらどうかしら」
ジュンが目を白黒させるので思わず吹き出しそうになった。と同時に彼女ならば何かを起こしてくれるはずだという期待が私のなかで膨らみはじめた。
※以下は参考にした元記事の抜粋
『著作権協会』さんによる「新しい風」論
秋谷りんこさんが明かした『創作大賞』応募するまでの心情。
『けろっぽ』さんによる「スキがポイントになる」システムの提言
『noteの街に風が吹く:小説的考察【6話】』に続く
※『noteの街に風が吹く:小説的考察』は
こちらのマガジンより全話読むことができます🙆♂️