くちなしや奇譚~小棹と洗蔵~第2話「出会」
侍の正体
「もう手加減せんぞ」
刃を闇雲に振り回す男に圧されて、よけるのがやっとのようだった。
さすがにうたちゃんも、技を繰り出した疲れからかさっきまでのキレがない。
すると、お侍が一気に間合いを詰めて男に一撃を食らわせた。
「うげっ」
男は溜まらず声を漏して、短刀を落とした。
峰打ちだが、手首の急所に入った。ミシッと鈍い音がしたので、しばらく右手は使いものにならないだろう。
うたちゃんも、お侍の見事な剣さばきを目の当たりにして、呆気にとられたようだ。ポカンとしていた。
「おい。俺の前で悪行を働いたら、次は手首が落ちるぞ」
「そっちの男を連れて、とっとと去れ」
「くそ、覚えてやがれ」
お侍は無頼漢たちを追い払うと、刀を鞘におさめた。
「あの・・・ありがとうございました」
ようやく私が口を開くと、お侍は照れながら微笑んだ。
千燈明祭を見ようと境内をぶらついていたら、本殿の裏手から泣きそうな顔で走ってきた娘に、助けを求められたという。
「お願いです、男に襲われて、お姉さんたちが、早く助けて、お願いです」
只ならぬ様子だったので、その娘を社務所に避難させて、本殿の裏手に急いだ。
すると聞いたとおりの修羅場に出くわしたため、一肌脱ぐ羽目になったらしい。
あの村娘も自分が襲われて震えが止まらなかったはずだ。
それでも助けを呼んでくれたことと、お侍が咄嗟に状況を理解してくれたから大事にいたらずにすんだ。
見知らぬ人に助けられて、どのように感謝すればよいか分からず
「私は小棹と申します」
「あの・・・私は雅楽です」
まずは二人して名乗った。
「名乗るほどの者ではない・・・と言えばカッコのよかかもしれんけど」
お侍も名乗った。
「月形洗蔵という」
筑前藩士 月形洗蔵
福岡城下にある外祖父の家で生まれた。父・月形深蔵は筑前藩士で、宗像郡の赤間茶屋奉行を務めており、月形家はそこで暮らした。
今の宗像市赤間駅は福岡市にある博多駅と北九州市小倉駅の中間辺りになる。当時の宗像郡赤間はかなり田舎だった。
祖父も父も勤王派で知られ、洗蔵も子どもながらに影響を受けたことだろう。洗蔵が九歳の頃、月形家は赤間から福岡城下の鍜治小屋に新築した家へ移る。
洗蔵は藩校である、修猷館に入学した。当時の逸話が語り継がれており、月形洗蔵という人物がよく分かる。
太宰府天満宮から近い、宝満山のふもとに竈門神社がある。
洗蔵が参拝したところ、ちょうど溝口竈門神社の千灯明祭があるから「是非見ておくとよい」と言われ、物見遊山のつもりで歩いて来たという。
小棹は、危険を顧みずに自分たちを助けてくれた立派なお侍が、何ごともなかったかのように千灯明祭を見物していることが不思議な感じだった。しかも、ここに来たいきさつを話す間も、まったく偉ぶらないところに親しみを感じた。
「月形さまは、これからどちらに・・・」
小棹が心配したところ
「月形さまでは、居心地が悪かけん、せんぞうでよかたい」
「じゃあ、せんぞうさん。わたしのことは、おさおと呼んでください」
「じゃあ、わたしは、おうたで」
「うたちゃんは、うたちゃんのままがいいと思う」
「え~っ、おうたの方が大人っぽいのに」
「ハハハ・・・では、おさおさん、おうたさん、でどげんね」
「はい、せんぞうさん」 二人の声が揃った。
洗蔵は境内で野宿するつもりだという。
「わたしたちは水田天満宮にお世話になっているから、一緒に来ませんか」
小棹が水田天満宮の神官をしているおじさんの家に遊びに来ていることを話したところ、洗蔵はピンときたようだ。
「もしかして、真木和泉どのが暮らしている、山梔窩の近くでは」
「はい、真木和泉はわたしの父です」
「なんと奇遇な!真木どのの娘さんやったったい!」
真木和泉は勤王の志士たちにとって、暗黙のうちにリーダー的存在となっていた。
洗蔵は是非にも会いたいということで、二人と道中をともにすることとなった。
「あんなことがあったから、わたしたちも心強いです。ねぇ、うたちゃん」
「ほんとに、洗蔵さんがいてくれたら、夜道だって全然怖くないよ」
溝口竈門神社まで行く道は娘二人で盛り上がったが、帰り道は三人になってさらに話しが弾んだ。
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