【俳句エッセイ】印象に残っている俳句~銃後俳句~
戦争が廊下の奥に立つてゐた
渡辺白泉(わたなべはくせん)の作品です。この作品は、1939年に詠まれたものです。1939年は、第二次世界大戦がはじまった年ですが、まだアメリカと日本は参戦していかなかったんですね。ただし、日中戦争の真っただ中ではありました。
この俳句のように、戦争を主題としたものを銃後俳句と呼びます。銃後は、戦争の後方を意味し、戦争に関わらない土地や一般人をいいます。
この句が詠まれていた当初は、戦争といっても日本で行われていたわけではありません。ですが、戦争の空気、戦争に対する準備は進められていたころなんですよね。どんな結末を迎えるのか、わからなかったときです。
戦争が廊下の奥に立つてゐた
この句を知ったのは、いつのことか覚えていません。学校の教科書だったかもしれないし、俳句に関連した書籍だったかもしれません。記憶は定かではありませんが、気づけば妙に胸に残り頭にひっかかっていました。
廊下の奥っていうのが怖いですよね。今だったら、廊下の奥まで明かりが灯っているでしょうか。それとも、蛍光灯がちかちかと点滅させているでしょうか。もしかしたら、薄暗い場合もありますね。
この俳句が詠まれたころは、現代のように電気がふんだんに使われているわけではないので、薄暗い印象があります。廊下の奥は暗くてよくわからないかもしれません。
廊下の奥、暗がりで立っている様子は、たとえ仲の良いひとでもドキッとします。あちらは暗がりの中でこちらを見ているでしょうか。私たちが立っている場所までやってくるでしょうか。
暗がりの奥に、戻ってはくれないでしょうか。
目を合わさないようにして、言葉を交わさないようにして、静かに遠ざかろうとする私たちを、どんな風に見ているでしょうか。
気づいたら、あちらからこちらへやってくるでしょうか。それとも、こちらから、あちらへ歩んでしまっているのでしょうか。知らぬ間に目を合わせ、言葉を交わし、遠ざかれなくなっているかもしれません。
怖い俳句です。ですが、印象に残る俳句です。
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