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ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied㉞

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

34曲目はシューベルト!…ひとかけら、届くかな?

シューベルトSchubert:ガニュメート Ganymed D544
                 ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵


朝の輝きの中、おまえは
私を取り巻き、なんと熱く見つめることか、
春よ、恋人よ!
数え切れないほどの愛の喜びとともに
私の胸に押し迫るのは
おまえの永遠の暖かさの
聖なる感情だ、
終りなき美よ!

おまえを抱きしめられたらいいのに
この腕に!

ああ、おまえの胸に
身を委ね、私は恋焦がれる、
そして花々や緑たちは
私の胸に迫ってくる。
おまえはこの胸の熱烈な
渇きを冷やしてくれる、愛しい朝の風よ!
その中へとナイチンゲールが霧の谷から
私を誘っている。

私は行く、私は行くのだ!
どこへ? ああ、どこへ?

上へ!ひたすら上へ向かうのだ。
雲は漂い
下にたなびいて
そしてあこがれる愛に身を傾ける。
私に!私に!
おまえたちの懐で
上に向かって!
抱きつつ抱かれて!
あなたの胸に向かって上へ、
万物を愛する父よ!


詩はゲーテJohann Wolfgang von Goethe(1749-1832)によるもの。ゲーテ25歳、1774年春の作とされていて、神・自然への帰依が詠われている。ガニュメートとはギリシア神話の登場するトロイアの王子で、最も美しい少年と称されている。大神ゼウスがその美しさを愛し、鷲にさらわせて侍童として使えさせた。この詩はまさにその誘拐の場面を描写している。

 冒頭のピアノパートの左手の柔らかいスタッカートはガニュメートの弾んだ足取りです。歌声部は様々な花の香が入り混ざった春の空気を胸いっぱいに吸いこむような深呼吸のフレーズで始まります。春への呼びかけ「春よ、恋人よ!Frühling,Geliebter !」の後、ガニュメートは喜びのあまり駆け出します。そして「終りなき美よ!Unendliche Schöne !」と世界に向かって呼びかけます。この一文は名詞が欠けているのですが、ここには「自然Natur」が入って「終りなき美しき自然よ!Unendliche schöne Natur !」となるのが、それこそ自然ではないでしょうか? 続く第2節と第3節は、ピアノパートのモチーフからわかる通り、続けて作曲されています。このピアノパート、笑ってしまうくらい能天気ですよね。それもそのはず、ガニュメートは春の到来に酔いしれて浮かれポンチ状態、能天気で大正解なのです。第3節の後半では“朝の風”と“ナイチンゲール”のモチーフがピアノパートに登場し、後半のドラマチックな展開の前の気分の高揚を表しています。ナイチンゲールの最後のさえずりのあと、ピアノパートの進みが一変します(第4節「私は行く、どこへ? Ich komme, ach wohin?」の直前)。そうです、この瞬間ガニュメートは鷲に首根っこをくわえられ宙に浮き上昇し始めるのです。すぐには状況が呑み込めないガニュメートですが、自分の周りを雲がどんどん下に向かって流れるのを見て、自分が上昇しているのに気づきます。歌声部は雲の動きをメロディラインで体現しています、そのスピード感といったら!!  そしてはるか高みに大神ゼウスが腕を広げて待ち構えているのを目にすると感動の大きなため息を「万物を愛する父よ!Alliebender Vater!」とつくのです。それはまるでスローモーションの映像のように引き伸ばされて歌われます。本当にドラマチックです。最後はピアノパートに高度を上げて小さくなっていくガニュメートの姿が描かれて結ばれます。

 最初にこの曲を勉強したとき、最後のフレーズ“Alliebender Vater!”を一息で歌うことが出来ませんでした。留学時代、リートクラスで、やはり、“Alliebender / Vater!”と、Vaterの前でブレスをしてしまった生徒がいて、その時先生はこうおっしゃいました。「一息で歌えない人はこの曲を歌ってはいけません」と。それほどまで、言葉は尊重されるべきもので、それほどまで、楽曲は尊重されるべきものであると、雷に打たれたかのような瞬間でした。そして!練習を重ね、今では一息で歌えるようになりました。この曲を歌う許可をどうにか得ることができて、本当に嬉しいです!


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