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ドイツ歌曲の楽しみFreude am Lied*56*

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

56曲目はR.シュトラウス♬…ひとかけら、届くかな?

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)作曲
ツェツィーリエCäcilie Op.27-2
                 ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵

もし君が知っているのなら
熱い口づけを夢見ることがどんなものか
愛しい人とそぞろ歩き
視線を絡ませ
愛撫し合い、語らいながら安らぐことを夢見ることを
知っているのなら
君の胸を僕に寄せてくれるだろう!

もし君が知っているのなら
一人嵐におびえる孤独な夜に
優しい言葉で戦いに疲れた魂を
誰も慰めてもらえない不安がどんなものか
知っているのなら
私のもとに来てくれるだろう!

もし君が知っているのなら
全能の神の
息吹に包まれ
高みへと漂い、光を纏い至福の高みへと
漂い生きるということがどんなものか
知っているのなら
私と共に生きてくれるだろう!

 ドイツの詩人 ハルトHeinrich Hart(1855-1906) による。

 ツェツィーリエCäcilieという女性に首ったけの男性の歌。全3節の詩で、各節は「もし君が○○を知っているのなら」という仮定文で始まります。ピアノの前奏の右手は音を掌でかき集めるような和音の連続で輝かしく始まります。左手のアルペジオは次々に湧きおこる感情です。両手で世界を抱きしめているようですね。歌声部は3連符のアウフタクトでぶつぶつとつぶやくように「もし知っているのならwenn du es…」と始まります。つぶやきは続くのですが、その中で効果的な音の引き延ばしが「安らぎRuhen」「恋人Geliebten」「愛撫しながらkosend」「語らいながらplaudernd」と使われていて、溢れる感情が音化されています。そしてもう一度つぶやく「もし知っているのならwenn du es…」は、今度は間髪入れずに「君の胸を僕に寄せてくれるだろうdu neigtest dein Herz」と文章を完成させ第1節を歌い切ります。仮定形なのに物凄く確信に満ちていますね。1小節の短い間奏は冒頭と同じ音型で再び両手で世界を抱きしめています。第2節は嵐の夜の不安が歌われます。ピアノパートは半音階やトリルを使って渦巻く風と不安にざわつく心を表現しています。歌声部は第1節同様、つぶやきと引延ばしが使われていますが、一人嵐におびえる様子が一段階落としたトーンで歌われています。けれども節の終わりでは不安を振り払うように、第1節の最後と同じ音型で「私のところに来て!」と再び決然とした音楽に戻ります。続く間奏は暗闇から浮上するように時間をかけて2つの波フォルテ、フォルティシモでドラマチックに奏でられます。第3節の歌声部のメロディーは、より引き延ばしが多く使われ、「全能の神Gottheit weltschaffendem」などの言葉に対応したスケールの広がりが聴いて取れます。音域もぐんぐんと上がり、「高みにむかってzu seligen Hoehn」では2点イ音Aで引き延ばしが感動的に響きます。最後の「もし知っているのならwenn du es…」は、四分音符3つが並び、自然のテヌートが生じ、恋人を説得するリズムになっています。ピアノパートもその小節はアルペジオが止み、輝かしい和音で確信に満ちた感情を裏付けしています。短く繰り返される「もし知っているのならwenn du es…」は再び三連符を使って圧縮され、愛の強さに驚くように歌われます。そして最後の「生きるだろうlebtest」はこの曲最長の3小節に渡る引き延ばしが使われ、ドラマチックに気持ちの頂点に達します。後奏は愛の嵐が吹き過ぎるようにスピード感たっぷりに輝かしく結ばれます。


…ニル・シコフというテノール歌手をご存知でしょうか?一度サントリーホールのホール・オペラ『仮面舞踏会』に合唱のお仕事でのったときに、目の前で歌っている姿に魅了されたのを覚えています。アキレス腱をのばしながら、宙に手を伸ばして歌う様はザ・テノール!この曲を歌うときに私はついついテノール歌手になったかのように、アキレス腱をのばしながら歌ってしまうのです。


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