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秋の弘法山で行方不明になりました【86歳の父とハイキング02】
ハイキングの前日
「昔は朝7時に新宿を出る「丹沢列車」っていうのがあったんだ」
と 崎陽軒特製シウマイを食べながら父さんは言った。
日頃から独特の角度から冗談ばっかり言うので 話半分で聞いてた。
うんうんそうなのね、そんなのがあったんだーって。
11月24日 町田駅から乗った小田原行きは 山行きな人たちが朝からいっぱいで まさに 丹沢列車だった。
いまも丹沢列車なんだねー と僕が言うと 隣で父さんは にんまり とした。
春に続いて ふたりで二度目のハイキング。
父さんはいま 86歳と8ヶ月になった。
若いころからよく丹沢大山方面にハイキングに行ってたらしい。
中卒で福井県の雪深い山奥の集落から東京に出てきた父は、都内で住み込みで働いてた頃の登山仲間からは、次の住み込みの働き口が町田になったときに「丹沢に近いじゃねぇか!すぐ行けるなぁ!羨ましいぞ!!」と言われたんだって。
どうやらその頃から丹沢大山界隈は人の心を掴んで離さない(山蛭は人の肌に吸い付いて離れないが)魅力のあるホットスポットだったのだろうなー。
今回のコースは・・・秦野駅〜弘法山公園入口〜浅間山〜権現山展望台(富士山拝めました)〜弘法山(鐘楼や弘法大師の御堂がありました)〜吾妻山〜弘法の里湯&蕎麦食べた〜鶴巻温泉駅。
おだやかに 心地よく 晩秋を楽しめる 超定番コース。
春のハイキングでは、寄からシダンゴ山に行った。
久しぶりの山歩きにはあのルートは父さんだけじゃなく僕もなかなかヘヴィだった。膝が笑った。
でもスタート地点ではふたりに見送ってもらったり下山してからの蕎麦(みやま浜膳)は最高だったね。寄で助けられたね。
その時の反省も踏まえて
・十分な水分(コーヒーは持たない)!
・こむらがえりが起きたときにすぐ服用できる芍薬甘草湯!
・塩分チャージあめ、父さんの好きな黒糖あめ!
・小腹を満たせるパンとか!
これらの用意はしとこ、と思って した。
今回のスタート地点は小田急線秦野駅。
まずは弘法山公園入口まで舗装道を行くんだけど、空がすごかった。
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山道に入る手前 住宅の玄関先で無人販売のみかんを購入。
100円で11個でしかも甘くて美味い。
最強の無人ウエルカムフルーツ!!どのリゾートホテルよりも最高。
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春のハイキングで履いてたシューズはあの時じつはかかとの辺りに小石が挟まっていたらしく、えらい怪我をしていたことを後で教えてくれた。
父さんのかかとの傷は治ったけど、靴はちょっと修理不能だった。
惜しかったんだけどその靴は諦めて新品を手に入れた父さんは、この日に備えてしっかり履き慣らしてきてた。
忘れ物は多かったけど、そこは準備万端だった!
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歩きはじめて「あ!ステッキ忘れた」とか、バッグひっくり返して全部出しながら「アレ忘れた」「コレがない」などなど。
でも だいじょうぶ〜だいじょうぶ〜って なだめながら楽しくね。
こういうときに プリプリしちゃいけない。
いいのいいの〜なんとかなるでしょ〜 って。
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母さん一緒に連れて来てあげたのね
まぁふだんからよく会話するふたりなんだけど、山歩きながらもまだ聞いたことのなかった昔話もしてくれて。
そういうのがけっこうとてもありがたい時間だ。
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権現山からの眺めは本当に素晴しかった。
秋晴れの快晴も紅葉も この日のために取って待っててくれたみたいだねぇ ありがたいねぇ と 父さんは何度も言っていた。
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下り道ではなんどかヨロめいたりして その度に 父の前を歩こうとしたけど やっぱり やめといた。
父はまだ 息子に先導されたくはないという自尊心があるのが わかるし 僕もそれを尊重したいし。
でも とっさに手を出せるくらいの距離でいようと すぐ後ろを歩いた。
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権現山から弘法山へは 穏やかで幅の広い馬場道が続いた。
ここは桜の名所なんだよ と教えてくれた。
どれだけ美しいんだろう。イメージするとくらくらした。見てみたいと思った。
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数えたら 弘法山に来たのは ちょうど50年ぶりだった。
50年前のあの日
ひとつ上の姉のクラス(小学2年生)の企画で土曜日に散歩会が開かれた。
父さんも僕も、姉と一緒に参加した。
鶴巻温泉方面からのコースで、途中で父さんは行方不明になった。
それがわかったのは頂上についてからだった。
さぁ お昼休憩にしましょう〜 となった時だった。
父さんがいない。
姉と僕の弁当は父が持ったままだった。
みんなは思い思いに家族でシートを広げて わいわいと弁当を囲んでいる。
喧騒の広場の中で 姉と僕はひもじく心細く切ない思いをした。
父さん。
どこにいっちゃったの。
なんで僕たちお弁当ないの。
しくしくしくしく めそめそめそめそ さめざめさめざめ しくしくしくしく
なんでいなくなっちゃったの。
もう会えないの。
帰り道 お姉ちゃんとふたりきりなの。
しくしくしくしく めそめそめそめそ さめざめさめざめ しくしくしくしく
だけどみんながとても優しくて
声をかけてくれて おべんとも あれこれ分けてくれた。
どこ行っちゃったんだろうねぇお父さん。
山が綺麗で見惚れてるうちに違う道に行っちゃったのかねぇ。
まあでもたぶん来るでしょ いずれ合流するわよ 食べなさいねコレ。
おにぎり 唐揚げ 玉子焼き 次々とそろっていった。
ひとの心のありがたみを 真に感じた瞬間だった。
あのときの姉の ぐっとこらえた横顔は忘れない。
僕はヘラヘラと喜んで ありがとうありがとうと言っていた。
姉はきっと 父に対しての怒りとか みんなに対しての申し訳ない気持ちとか 施しを受けたことの恥ずかしさとかが まぜこぜになっていたんだろう。
そのあと 父がどこで合流したのか どうやって家まで帰ったのか は 全く覚えてない。
ただ、家に着いたときに、テーブルの上には沢山のあけびが積まれてたことだけはよく覚えてる。
・・・あれからもう50年も経ったんだねぇ と 父さんに言ったあと ちょっと胸が詰まった。
でも お互いに 笑えたから もう それでいいね。
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お堂にいらした弘法大師さんがおだやかに「もう いいんじゃね」って言ってたかどうかはわかんないけど なんとなくそんな感じ。
お堂の裏手にある銀杏の木はたくさんのぎんなんの実を落としていた。
ハイカーたちは普通にたくさん踏みつけていくので くわわっっ!!て香りが立ち込めていたけれども それさえも秋らしくて よかった。
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さすがに下りが続くと 膝が痛むらしい。
トレッキングポール代わりに間伐材の桜の枝を拾って杖にして進んだ。
親指の爪を切るのを忘れた!とか言って ちょっとシューズの紐を緩めたり、細かな調整をしながら 時間をかけて 歩き抜いた父さんは やっぱりなかなか まだまだ すげー。
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遠い 遠い と思っていても 実は そんなに遠くない
そんなことばを 浮べながら見る景色は 尊い。
とても たいせつなことを 教えてくれる。
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膝が〜 とか ふくらはぎつった〜 とかいろいろあったけれども、まずまず元気なスーパー86歳。
人里にぶじ下山できて、温泉に入って蕎麦を啜って、まずまずの満足がお。
これまた至福だね ありがとね と何度も言っていた。
・
いつまで この背中を見続けることができるんだろう。
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90歳になる3年ちょっと先までか。いや ひょっとして今日がさいごかもしれない。それはわからない。
だからこそ いまこのとき をたいせつにしないとなぁ と思うよ。
明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは(親鸞聖人)
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まあ あまりセンチメンタルになりすぎずに、まずは「いま」をいい感じで過ごしていこう。
ありがとう。
それができることが ほんとに ありがとうだなって思う。
・・・・・
これは 豪快なふりをして実は泣き虫な父ちゃんとよく似た息子が互いにええ歳になってからふたりで山歩きに行ったときの春と秋のふたつのおはなしです。2024年の春にシダンゴ山へ、秋には弘法山に行きました。さあ来年はどこへ行こう。寄の蝋梅も見たいし弘法山の桜も見たいし父さんのふるさと福井にも行きたいし神戸の六甲も捨てがたし。いまからあれこれ思いを巡らせています。
・・・・・